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【解説】ベルリオーズ 幻想交響曲|恋と幻覚が生んだ革命的音楽

激しい幻覚が生んだ、狂気すれすれの交響曲——それがベルリオーズの《幻想交響曲》です。
作曲者自身の恋愛体験をベースにしたこの作品は、今も聴き手を圧倒し続けています。

異常なまでの感受性と想像力が、五つの楽章を通じて次々と爆発する構成。
とくに、ギロチンの一撃魔女のロンドなど、音楽で描かれる情景は鮮烈そのものです。

今回はそんな《幻想交響曲》を、作曲の背景から各楽章の聴きどころ、バイオリン弾きならではの視点まで幅広く解説します。

 
筆者
バイオリン歴35年・オケ歴20年以上の視点からお話しします!
  • 作曲の背景 - 恋と幻覚による狂気の曲
  • 幻想交響曲の特徴は?
  • 各楽章の聴きどころ
  • バイオリン弾きから見た幻想交響曲

作曲背景 ― 恋と幻覚による狂気の曲

ベルリオーズは、19世紀前半に生きたフランスの作曲家。
本曲が書かれたのは1830年。27歳の作品です。

 
筆者
意外にも若い頃の作品です!

ベルリオーズの幼少期は、音楽環境に恵まれませんでした。
近所にはピアノすらなく、最初はフルートやギターで音楽に親しみました。

医学者になる予定でしたが、オペラの魅力に抗えず、両親の反対を押し切って作曲家の道へ進みます。

筆者
すでにロマンチストな性格が見えますね!

ハリエット・スミスソンへの恋

本曲に大きな影響を与えたのが、シェイクスピア劇の上演。
そして、女優ハリエット・スミスソンとの出会いでした。

彼はシェイクスピアの情緒豊かな作風に影響を受けました。
しかしそれ以上に、ハリエットに激情の恋心を抱いたのです。

彼女に近づくため、彼は自作のみの演奏会を開いたり、新聞に公開状を載せたりと、常軌を逸した行動に走ります。

当時この恋は成就しなかったものの、その執着が作品へと転化され…
やがて《幻想交響曲》の原動力となりました。

筆者
ロマンチストにしてもやりすぎじゃない…?

ベートーヴェンの交響曲、ゲーテ《ファウスト》の影響

また同時期に出会った、ベートーヴェンの交響曲。
そして、ゲーテの《ファウスト》も、彼の想像力に火をつけました。

ファウストの影響は、本曲の第5楽章に明確に現れています。

情熱、狂気、幻覚——それらが一体となって、《幻想交響曲》はたった数ヶ月で書き上げられたのです。

 
筆者
『英雄』『運命』などの革新的な作品を聴いたそうです!

深掘り - 幻想交響曲の副題と構造

《幻想交響曲》には「ある芸術家の生涯のエピソード」という副題と物語が付けられています。

●幻想交響曲の物語:

若い芸術家は、病的な感受性と、激しい想像力を持っていた。
彼は、恋の悩みから絶望して、阿片により生を絶とうとする。
しかし服用量が少なすぎて死に至らず、奇怪な一連の幻夢を見る。
その中に恋する女性は、ひとつの旋律として現れる…

※ベルリオーズ自身も阿片を鎮痛剤として服用していたと言われています。

この曲は、いわゆる「標題音楽」の一種とされています。(諸説ありますが)
しかもその内容は、作曲者ベルリオーズ自身の実体験に深く根ざしている点で、極めて異例です。

演奏面でも革新に満ちています。
固定楽想(イデー・フィクス)という“主人公の妄執”を表す旋律が全楽章に現れ、音色やリズムを変えながら物語を貫きます。
さらに、通常と違うEs管クラリネット、弦楽器の「コルレーニョ」。
さらにティンパニの遠雷の音など…今日の大編成オーケストラの原型がすでにここにあります。

内容も音響も、まさに「革命的」。
ベートーヴェンの没後わずか3年で、ここまで大胆な試みがなされたという点で、ベルリオーズの孤高ぶりが際立ちます。

 
筆者
ちなみに、もともとは1-3楽章をハリエットへの恋心としていましたが、後に書き改められました。

曲の特徴:愛と幻想が渦巻く五つの夢

第1楽章 夢、情熱

(序奏) 古い音源なので聴きづらいかもしれません!(以下同様)

(主部…固定楽想)

木管による不穏な序奏の後、弱音器をつけたバイオリンが、とぎれとぎれに憂鬱な旋律を奏で始めます。
この旋律は、ベルリオーズが若き日に作曲した「ロマンス」からの引用です。

 
筆者
苦しくも、恋心に喘ぐような…そんな印象ですね

そして物語は阿片の幻想へーー

フルートとバイオリンの艶やかな旋律。
この旋律こそが、恋する女性を象徴する”固定楽想(イデー・フィクス)”。
一度聴いたら忘れられない印象的なフレーズで、以後の楽章にも形を変えて登場します。

希望と絶望、現実と幻影が入り混じる音楽。
ときに美しく、ときに歪みながら進行します。

第2楽章 舞踏会

きらびやかな舞踏会の情景が、華やかなワルツのリズムで始まります。
弦楽器とハープによる煌びやかな響きが、会場のざわめきを描き出します。

 
筆者
目の前に社交界が広がるようです!

この中にさりげなく紛れ込むのが、あの固定楽想(イデー・フィクス)。
主人公の心は、なお恋人の面影を探し続けているのです。

また、当時の交響曲としては異例の“ワルツ楽章”
ベルリオーズはこの場面に感情の軽やかさ・混沌とした渦を同居させました。
華やかであると同時に、どこか不穏な気配を帯びた二重構造の音楽です。

第3楽章 野の風景

この楽章は、田園風景の中でふと訪れる回想と不安を描きます。

冒頭では、舞台裏のオーボエと、コールアングレの牧歌的な応答が鳴り交わされます。
まるで別世界の音が聴こえてくるかのよう。

ベルリオーズはこの場面に、自身の母方の故郷や、山中で耳にした牧笛の記憶を重ねたといいます。

しかし楽章が進むにつれ、穏やかな風景は次第に不穏さを帯びていきます。
低弦の刻みが心の動揺を示し、愛する人の裏切りへの恐れや嫉妬がにじみ出すようです。

第4楽章 断頭台への行進

(冒頭旋律)

(断頭台への行進曲)

ここからは、主人公の悪夢がより狂気性を帯び、現実感を失っていきます。

阿片の幻覚の中、彼は恋人を殺害してしまいます。
そして、自らの罪によって断頭台へ引かれていくのです。

 
筆者
一番有名な音楽ですね!

ティンパニとホルンによる減五度の不吉なモチーフ。
弦の暴力的な下降音型。
そのすべてが、この行進が抗えない運命であることを告げています。

クライマックス直前、クラリネットで固定楽想が突然現れます。
恋人の姿が一瞬よぎるも――
ギロチンの一撃を象徴する、凄絶な切断のような楽器の一斉打撃。

直後には、まるで祝祭のように狂ったファンファーレ。
狂気と死が、主人公の幻想の中で渾然一体となります。

第5楽章 魔女の夜宴の夢

(魔女たちのロンド)

(Dies Irae)

主人公は自らの葬送の場に連れてこられ、魔女や妖怪、亡霊が狂乱する宴に放り込まれます。

この楽章では、音楽の常識が完全に崩れ去ります。
固定楽想は歪んでしまい、恋人のイメージも恐怖の姿へと転化しています。

さらに全く関係のないリズムで弔いの鐘が鳴り響き、グレゴリオ聖歌《怒りの日》(ディエス・イレ)が引用されます。

 
筆者
このディエス・イレは低管最大の見せ場です!

(狂気のクライマックス)

やがて音楽はロンド→フーガ→クライマックスへとなだれ込みます。
狂気の奔流がオーケストラ全体を巻き込むのです。

バイオリン弾きから見た面白さ

アマチュアが弾くことを想定しています。

非常にユニークで、演奏するたびに発見のある作品です!
その理由は次のとおり。

  • 多彩な技法が出てくる
    例えばサルタート(跳ね弓)やコルレーニョ(弓の木の部分で弦を叩く)など…
    日常の交響曲ではまず使わないような特殊奏法が次々と登場します。
  • 色々な楽器とのアンサンブルを楽しめる
    他パートとの音色のブレンドを楽しめます。
 
筆者
特殊楽器も多い!絢爛な色彩です

個人的なポイントは「音色」と「発音」の工夫。

遠くから響くようなニュアンス、不安感、滑らかな音などさまざまな音色が求められます。
1楽章序奏や2楽章ワルツなど。
弓の位置や、重さのかけ方で工夫します。

また、フランスの作曲家は、実はとても発音が多彩。
「けむに巻くような感じ」と勘違いされがちですが…
フランス語の発音の仕方を見ていると全然そんなことはないのです。

発音といっても鋭いだけじゃない。
鋭くないが芯のある発音もたくさんある。
色々な発音の引き出しを出せるといいです!

まとめ

  • ハリエット・スミスソンへの恋心
  • ベートーヴェンやゲーテの芸術作品による影響
  • 愛と幻想が渦巻く五つの夢
  • 非常にユニークで挑戦しがいのある曲

本曲は、単なる「自伝的な音楽」や「恋の妄想」では語りきれない、革命的な交響作品です。
阿片の幻覚、異常な感受性、恋の執着…
そのどれもが想像力によって音楽の中で昇華されています。

演奏する立場から見ても、非常に挑戦しがいのある一曲。
聴くだけでなく、ぜひ楽譜を手にとってみてほしい名作です。
どうかじっくり味わってみてください。