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秘めた想いが歌になる ― ブラームス/弦楽六重奏曲第2番の魅力

ブラームスの弦楽六重奏曲第2番は、彼の中でも非常にロマンチックな名作です。
柔和で幻想的ともいえる音楽のなかに、想いを馳せるような情熱の調べが歌われます。

この曲には、彼の恋人への思い出が込められていると言われています。
極度な引っ込み思案だった彼が、内に秘めたる感情を注ぎ込んだ…とても魅力的ですね。

本記事では、バイオリン歴35年以上・海外学生コンクール入賞歴ありの筆者が、この曲の魅力を解説。
作曲の背景や聴きどころを知ることで、この名曲がさらに深く楽しめるはずです!

簡単なまとめ

  • 恩師から独立し、充実期に入ろうとする頃
  • アガーテへの愛を回想するかの曲
  • 弦楽器奏者は誰もが弾きたがる垂涎の曲!

作曲背景

基礎知識 - バーデンバーデンでの保養中に書かれた

本曲は、1864-1865年 - 彼が32歳のときに作られました。
(3楽章の構想だけ、さらに前の1855年にスケッチされたと言われています)

 
筆者
初期~中期に差し掛かる頃の作品です!

彼は数年前に、「恩師:ロベルト・シューマンの死」を、師の奥方クララとともに乗り越えました。
それまではシューマン夫妻に大半の時間を捧げていましたが…
彼の死をきっかけに、独立した人生を歩み始めたのです。

そこから数年… 1864年。
彼は、作曲と楽団(ジングアカデミー)の指揮で生計を立てていました。
しかし楽団内の権力争いが勃発し、内気で引っ込み思案な彼は疲弊しました。
次のジングアカデミーの指揮を断り、クララの住むバーデンバーデンで保養したのです。

 

バーデンバーデンでは、ヨハン・シュトラウス、ツルゲーネフなどの新たな出会いがありました。
彼の親友であったバイオリニスト:ヨアヒムももちろん訪ねてきたと言われています。

この頃から、ブラームスの創作活動は澱みなく流れ始めるのです。
有名なドイツレクイエム、ハンガリー舞曲、弦楽四重奏曲など…

本曲は、これら「創作の森」の入口に差し掛かった頃の作品なのです。

深掘り - アガーテとの愛の想い出

本曲で必ず持ち上がる問題が、ブラームスのかつての恋人:アガーテ・フォン・シーボルトとの関係です。
彼は本曲について、友人にこう語っています。

「これで私の最後の恋愛から解放された」

ブラームスとアガーテは、1858年ごろに出会いました。
アガーテは若くて聡明な女性でした。あのシーボルトと同じ家系 - 医学の分野の名門家系だったのです。
また、美しい歌声の持ち主でもありました。

ブラームスは、アガーテのために歌曲をたくさん書きました。
文通や交際も経て、ついに結婚指輪も贈ったのです。

しかし、彼は最後の最後に結婚を躊躇しました。
1959年、アガーテ宛ての手紙の衝撃的な一文。

「あなたを愛しているが、束縛されることはできない」

アガーテはこれを事実上の婚約破棄と捉え、もう自分のところに来ないよう返信しました。

対するブラームスの反応は詳しく分かっていません。

ブラームスの「束縛されることはできない」という感情には、自身の極端な内向性があったのかもしれません。
加えて、幼少期に過ごした「女郎買い横丁」とも呼ばれる環境、人妻クララへの密かな愛情…
こうした経験が、女性に対する屈折した感情に発展したのかもしれません。

回想、想い出の曲

さて、本曲が実際に作られたのは、5年後の1864年です。
もしブラームスが友人に述べた言葉 - 「これで私の最後の恋愛から解放された」が真実だとすれば、
これは回想であり想い出の曲となります。

 

1楽章の呈示部の最後の部分に、「A-G-A-(T)H-E」。アガーテの名前を音名に読み替えた動機が出てきます。
まさに、想い出を音に昇華するような旋律です。

ただし、これらの逸話は真実かどうか分かっていません。
アガーテ音型も偶然かもしれません。

いずれにせよ、この曲にはブラームスの《何かを慈しんだり、大切に思う気持ち》が緻密に散りばめられているように感じるのです。

曲の特徴

第1楽章 柔らかさと情熱が交差する音楽

(第一主題) 古い音源なので聴きづらいかもしれません!(以下同様)

ビオラの揺れ動く8分の上で、バイオリンのたゆたうような第一主題が奏でられます。
軽やかで夢見るような響きの中に、内に秘めた情熱も見え隠れします。

冒頭のふたつの跳躍は、まるでG-durとEs-durの二種の調を表現しているかのよう。
ふたつの調性が混ざり合い、深い色を見せます。

(第二主題)

第二主題は、とても旋律的。

味わい深い第一主題と、より流麗な第二主題の対比が印象的です。

これら呈示部の最後に、「A-G-A-(T)HE」 - アガーテの回想を思わせるクライマックスが流れます。

第2楽章 変則的なスケルツォ

(主部)

(トリオ)

主部は陰鬱で、ある種の緊張感もあります。
トリオでは一転して開放感と楽しげな雰囲気が広がります。

一筋縄ではいかないブラームスらしいスケルツォ。
軽快な表面の下に、深い感情のうねりを感じさせます。

第3楽章 主題と変奏によるアダージョ

主題と複数の変奏によるアダージョです。

 
筆者
アダージョの変奏曲というのも斬新ですね!

深い内省と瞑想的な美しさ。
ブラームスらしい「心の声」のような音楽です。

第4楽章 洗練された舞曲風

舞曲風でありながら、洗練された構成感を持つ楽章。
軽やかさの中にブラームス特有の品格が感じられます。

 
筆者
この楽章もある種スケルツォ的ですね!
シューベルトの最後のカルテットにちょっと似ているかも…

最後は熱情を持ったまま、晴れやかに締めくくります!

バイオリン弾きのポイント

アマチュアが弾くことを想定しています。

ブラームスの室内楽は、バイオリニストの誰もが弾きたがる垂涎の曲です!
そしてこの曲は前半作品ということもあり、わりと弾きやすいです。

私が弾くときのポイントは次のとおりです。

内声との絡みをよく聴く

常にビオラや相方バイオリンとの絡みが多く、単独で旋律を歌う場面は少ないです。
音楽を「自分で完結させない」アンサンブル感覚がとても大事。
この曲だけでなくブラームス作品全体にいえますね。

内声自体は丁寧な技術が求められる

内声はかなり追求しがいのある曲です。

代表的なのが上のうねうね。
※このうねうねは0-3の移弦で取られることが多いです(冒頭のVaが0-3指定のため)。

スムーズに聴こえさせる運弓、音のぶつけ具合など、この8分だけでたくさんの技術が求められます。
そのほか役割も多い曲です。

曲というよりも、移弦や音程感などの基礎技術にフォーカスして練習するのが良いかもしれません!

筆者
彼の曲の内声は本当にやりがいがあって楽しいです!

音程感覚がとても大事

旋律を全面に押すタイプではない = ハーモニーがより大切になる曲です。

とりわけ本曲は、2つ以上の楽器で五度を鳴らしたり、3度を保ったまま動いたりします。

音程を丁寧に作ることはもちろん、
お互いの音程の好みを認識できるとより良い演奏になります!

 
筆者
まあ、6人もの大人数でここまで追求するのはとても難しいです。
だからこそ何回も挑戦したくなるのです!笑

まとめ

  • 恩師から独立し、充実期に入ろうとする頃
  • アガーテへの愛を回想するかの曲
  • 弦楽器奏者は誰もが弾きたがる垂涎の曲!

若き日のブラームスがこの作品に込めた感情や構想は、今もなお新鮮に響きます。

19世紀の空気を感じながら、当時の彼の視線の先に思いを馳せてみるのも一興です。

筆者
焦がれる感情を回想として紡いだ曲、ぜひ味わってください!