【最高レベルの傑作】ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第7~9番「ラズモフスキー」解説

  • ラズモフスキーはどんな経緯で作曲されたのだろう?
  • 第7~9番のなかでおすすめはある?

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲は全16曲。その中でも花形といわれるのが、「ラズモフスキー三部作」と呼ばれる第7~9番です。

筆者

演奏者としても憧れの作品です!

この記事では、バイオリン歴35年以上・ビオラ歴ありの筆者が、ベートーヴェン・弦楽四重奏曲第7~9番「ラズモフスキー」について紹介します。

この記事を読むと、ラズモフスキーの作曲経緯、各曲の特徴や、難易度が分かります。

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簡単な概要まとめ

  • ベートーヴェンの創作意欲がとても高い時期の作品
  • 史上初のプロの弦楽四重奏団向けに書かれた
  • 弦楽四重奏曲というジャンルを、正式なコンサート用に昇華させた曲
  • 全作品のなかでもかなり難易度が高い

作曲背景

弦楽四重奏曲第7~9番の特徴は、大きく次のとおりです。

  • ベートーヴェンの創作意欲が最盛期のときに書かれた
  • 弦楽四重奏団の技術の高度化

ベートーヴェンの創作意欲が最盛期であった

弦楽四重奏曲第7~9番が書かれたのは、1806年4月~11月です。

この頃は、ベートーヴェンの創作意欲がとても高かった時期です。
この時期の作品群には名曲が多いことから、「傑作の森」と呼ばれています。

創作意欲が高かった理由としては、この数年前に書かれた「ハイリゲンシュタットの遺書」が大きいとされています。

ハイリゲンシュタットの遺書では、ベートーヴェンが難聴に苦しむあまり自殺を考えていることが記されています。
※この頃のベートーヴェンは、すでに音が鳴ったことすら分からないほど聴力を失っていました。

しかし、ベートーヴェンは音楽への想いだけはとても強かった。

このことが、彼の自殺を思いとどまらせたのです。

彼は遺書の中でこのように書いています。

「私は、自分の人生を終わらせるまであとほんの少しであった。
しかし、芸術だけ。芸術だけが私を引き止めてくれたのだ。
自分が使命を果たすまでは、この世を去ることなど不可能だ。
だからこそ、苦難に耐えて生きつづける決心をする。」

死と絶望を正面から見すえて、それでも生き続けて創作することを選んだ。

そのすさまじいばかりの勇気が、以後の作品の姿を見事に変えているのです。

これ以降の彼の作品は、「ロマン派の幕開け」とも言われるほど様変わりします。

たとえば、この後に書かれた交響曲第3番「英雄」は、いきなり50分を超える大曲です。
ドラマ性を持ち、ホルンを朗々と歌わせる様子など、それまでの交響曲では考えられないアイデアに溢れています。

本曲・・・弦楽四重奏曲第7~9番も、もちろん例外ではありません。
それまでに書かれた弦楽四重奏曲第1~6番とは比較できないくらいスケールが大きい作品なのです。

弦楽四重奏団の技術の高度化

弦楽四重奏曲第7~9番が作曲されたきっかけは、ベートーヴェンの友人の弦楽四重奏団が、それまでに無かった<予約制のコンサート>を開催し始めたことです。

この「シュパンツィヒ弦楽四重奏団」は、高度な技術を持っており、のちに史上初のプロの弦楽四重奏団といわれています。

シュパンツィヒと専属契約を結んでいたのが、当時ロシア大使としてウィーンに駐在していた「ラズモフスキー伯爵」でした。

ラズモフスキー伯爵は彼らのコンサートのために、ベートーヴェンに作曲を依頼したと言われています。

このため、本曲におけるベートーヴェンの創作意図は、明らかにプロ集団向け・・・それも熟練した合奏能力を持つ音楽家の演奏を前提としています。

ベートーヴェンとシュパンツィヒ弦楽四重奏曲の手により、弦楽四重奏曲は『高度なアマチュアの娯楽』から『プロの手による音楽鑑賞用のコンサート曲』へと昇華されていくことになるのです。

  • 「ハイリゲンシュタットの遺書」から立ち直ったことによる強い創作意欲
  • 史上初のプロの弦楽四重奏団に向けた、高度な演奏を前提とする曲

各曲の特徴

弦楽四重奏曲第7番「ラズモフスキー第1番」

第7番は、ラズモフスキー三部作のなかで最も長く、雄大です。

第1~4楽章すべてソナタ形式。
第1楽章にいたっては400小節以上もあります。
冒頭のチェロから始まるていねいな上昇音階の時点で、すでにこの曲の雄大さをイメージできます。

第2楽章は、スケルツォ。その名のとおり冗談ぽさを感じられます。
拍感も軽いです。ただし、随所に現れるsf(スフォルツァンド)が、ベートーヴェンらしさを感じられます。

第3楽章はとても叙情的な緩徐楽章。何かを憂い引きずるように、ゆっくり歩が進んでいきます。

第4楽章にはロシア民謡が盛り込まれています。
これは、当時ウィーンでフランス軍による物資調達が行われたため、国民の生活が圧迫され、反フランス感情・親ロシア感情が出ていたからとされています。
実際に、ベートーヴェンはラズモフスキー伯爵に対し、ロシアの旋律を盛り込んで作曲すると約束したそうです。

とても実の詰まった、スケールの大きい作品。
同時に、この曲は室内楽曲全16作のなかでも最も難易度が高いとされています。

弦楽四重奏曲第8番「ラズモフスキー第2番」

ラズモフスキー第1番に比べると、やや短縮された形式をとっています。

3曲のなかで唯一の短調。
ですが、ずっと暗くはなく、楽章ごとにさまざまな彩りを見せます。まるで場面の移りゆく詩曲群のようでもあります。
とくに4楽章は、1楽章から打ってかわって軽快です。ユーモラスともいえるでしょう。

この曲の2楽章は、非常に美しいです。
「星空を見つめて天体の音楽を考えているときに」着想されたと言われています。

弦楽四重奏曲第9番「ラズモフスキー第3番」

三部作のなかでは一番短い。全編で30分強です。
(それでも十分長いほうですが)

各楽章の個性が一番際立っている曲です。

第1楽章は、冒頭の減七和音が非常に強烈です。弦楽四重奏曲第6番(4楽章)にも似たようなものが出てきますね。
冒頭はとてもカオス・・・混沌としています。しかし主題に入ると、きれいなソナタ調に様変わりします。

第2楽章はチェロのピチカートに乗せられて進む緩徐楽章。やや民族的な雰囲気も醸し出しています。

第3楽章は、優雅なメヌエット。

第4楽章は、ビオラ奏者にとっては非常に有名なフーガです。かなりの疾走感があるのに、同時に景色の大きさも感じられます。全3部作を締めくくるべく壮大なスケールです。

演奏難易度(バイオリン)

※1stバイオリン、2ndバイオリンを基準としています。
 なお、アマチュアの人が休日や部活動で弾くことを想定しています。

どれも非常に難易度が高く、チャレンジングです。
これを弾けるチームが結成できたら、ぜひ挑戦していただきたいです。

第7番(ラズモフスキー1番)

第7番は、このラズモフスキー三部作どころか、ベートーヴェン全16作品のなかでも一番難しいとされています。

理由は、まず要求技術の高さ
特に1stバイオリンは、4大コンチェルトを弾ける人でも苦戦します。

次に、ハーモニー
転調が非常に多いです。
しかもそのタイミングが、
 ・4人で同時にpになる瞬間
 ・下三声がppで、1stバイオリンがドソロを弾いているとき
など、極めて難しいときに訪れます。

最後に、アンサンブル
単純に合わせるのも難しいのですが、いわゆる「お見合い」をしてしまう場面が多々あります。
特に第1楽章に多いですね。

本当に難しい曲ですが、その分本番が終わったときの達成感もひとしおだと思います。

筆者
1stバイオリンの第4楽章の後半です。
ここ、難しすぎる・・・(笑)

第8番(ラズモフスキー第2番)

第8番は、要求技術だけなら一番易しいです。(それでも、初期作品よりは圧倒的に難しいです。)

一方で、高度なリズム感・音程・音量バランスが求められます。

理由は、他の番号に比べて民族的で、リズミカルな部分が多いこと。
また、メロディーが断片的で、受け継ぎも多く、お互いのバランスが重要だからです。

音程・音量バランスの良いチームが奏でる第2楽章は、とても素敵。
まさに宇宙の音楽という感じです。

第9番(ラズモフスキー第3番)

第9番は、指が回る人なら第8番よりも弾きやすいです。

要求技術に関しては、バイオリンもさることながら、低弦のほうがレベルが高いです。
特に第4楽章は顕著。なんたってバイオリンと同じ速弾きを、より大きい楽器・太い弦でやらなければならないのです。
ビオラ・チェロに弾ける人が揃っているならぜひチャレンジしてみてください。

第2楽章も、下で運んでくれる人の技量によってメロディーの弾きやすさが変わると思います。

曲作りは、割とやりやすいと思います。
理由は、調性がC-durで分かりやすいこと。そして4楽章に関しては、弾けさえすれば勢いでも聴かせられるからです。

筆者
第4楽章、チェロにこんな速さでフーガを弾かせるのか・・・?(笑)

まとめ

  • ベートーヴェンの「傑作の森」と言われる時期の作品
  • 史上初のプロの弦楽四重奏団向けに書かれた
  • 弦楽四重奏曲というジャンルを、正式なコンサート用に昇華させた曲

ベートーヴェンというと、交響曲(第九や運命など)が注目されがちですが、実は室内楽にも素敵な曲がたくさんあります。

聞き手としてはもちろん、弾き手としても、ぜひチャレンジしてみてください!

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