【難聴による絶望から立ち直った、エネルギーあふれる作品】ベートーヴェン/交響曲第3番「英雄」解説

  • ベートーヴェンの英雄・・・作品名はよく聞くけれど、どんな曲なんだろう?
  • 弾くにあたって時代背景を知っておきたい!

ベートーヴェンの交響曲と言われて誰もがパッと思いつくのは、「運命」や「第九」です。

しかし、今回紹介する「英雄」も、これらに負けないくらい大切な曲です。

というのも、それまでのクラシック音楽の概念を壊したと言われるほど、クラシックの歴史にとって重要な曲だからです!

筆者

ベートーヴェンの曲を語るうえで、英雄交響曲は絶対に外せません!

この記事では、バイオリン歴35年以上・ビオラ歴ありの筆者が、ベートーヴェン・交響曲第3番「英雄」-エロイカ-について紹介します。

「英雄」は、それまでの曲となにが違うのか。
当時のベートーヴェンの心境になにが起こっていたのか。
これらのバックストーリーを簡単に解説したうえで、この曲の聴きどころや演奏面についても紹介していきます。

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簡単な概要まとめ

  • とてもエネルギッシュ ・・・絶望からの立ち直りが表れる作風
  • 威風堂々 ・・・英雄への強い憧れ
  • スケールが大きい
  • 演奏難度は標準的 ・・・突き詰めると2ndはけっこう難しい

作曲背景

交響曲第3番「英雄」の重要な背景は、次の2つです。

  • 「ハイリゲンシュタットの遺書」
  • 「ナポレオン・ボナパルトへの憧れ」
 
筆者
特にハイリゲンシュタットの遺書のことはぜひ覚えておきましょう!
ほかの作品を知るうえでも重要です。
 

ハイリゲンシュタットの遺書

ハイリゲンシュタットの遺書とは、英雄作曲の2年前(1802年)にベートーヴェンが書いた遺書のことです。

遺書を書いた理由は、ベートーヴェンの耳の病、すなわち難聴です。

ベートーヴェンが実際に難聴に気づいたのは、作曲の6年前(1798年)。
そこから症状が急激に悪化。
4年前(1800年)には、音が鳴ったことすらほとんど分からない状態だったと言われています。

はじめベートーヴェンは、自身の難聴を周りに隠していました。
しかしあるとき、彼の弟子を通じて、「周囲のほとんどはすでに彼が難聴だと悟っていること」「その噂はウィーン全土に広まっていること」を知ってしまいました。

ベートーヴェンはひどく怒り、同時に自分自身に対して失望しました。

「耳の聞こえない作曲家なんて価値のないと思われるのも時間の問題だ。
自分の音楽人生もすぐにおしまいだ。
いっそのこと、自分の人生そのものを終わらせればいいのだろう。そうすれば、ひたすら孤独だったこのみじめな生活から抜け出せる。」

そして、2年前(1802年)に、当時療養していたハイリゲンシュタットで遺書を書いたのです。

しかし、ベートーヴェンは遺書の中で、生きることを選びました。
ベートーヴェンは音楽への想いだけはとても強かった。このことが、彼の自殺を思いとどまらせたのです。

彼は遺書の中でこのように書いています。

「私は、自分の人生を終わらせるまであとほんの少しであった。
しかし、芸術だけ。芸術だけが私を引き止めてくれたのだ。
自分が使命を果たすまでは、この世を去ることなど不可能だ。
だからこそ、苦難に耐えて生きつづける決心をする。」

死と絶望を正面から見すえて、それでも生き続けて創作することを選んだ。
そのすさまじいばかりの勇気が、以後の作品の姿を見事に変えたのです。

英雄交響曲は、この遺書の2年後に作られました。
いきなり50分を超える大曲でした。(当時の交響曲は、長くても30分程度)
音楽の内容も非常に壮大でドラマ性を持ち、この曲から“ロマン派”が始まったとも言えます。
楽器の扱い方も革新的で、ホルンを朗々と歌わせる様は、すでに後期ロマン派を思わせます。

筆者
絶望するどころか、吹っ切れすぎです!

今回は時間の都合上、ハイリゲンシュタットの遺書の全文を紹介することはできませんが、興味があれば、ぜひすべてを読んでみてください。

ナポレオン・ボナパルトへの憧れ

実は、この曲のタイトルはもともと「英雄」ではありませんでした。

もともとこの交響曲は「ボナパルト」と名づけられる予定でした。
すなわち、ナポレオン・ボナパルトのことです。フランス革命で大活躍した人物ですね。
彼とベートーヴェンは、同じ時代に生きていました。

当時は、絶対王政、貴族の支配が強くて、庶民の生活はとても困窮していました。
当然、ベートーヴェンも苦しい生活でした。

だからこそ、ベートーヴェンは「自由と平等」をテーマに戦っていた革命軍に強い憧れを抱いていた。
そのときに書かれたのが、この曲です。
実際にこの曲を聴くと、エネルギッシュなテーマや、威風堂々さなど、あらゆる場面で英雄的な要素を感じられます。

この曲のイメージにたまたまナポレオンが重なったのか、初めからナポレオンをイメージしてこの曲を作ったのか、どちらが先かは分かりません。
でも、大事なポイントとして、ベートーヴェンが貴族の支配により苦しい生活を送っていたこと、そして、そんな状況を打破してくれるナポレオンのような英雄に憧れていたことは覚えておきましょう。

補足:なぜ、この曲のタイトルが「ボナパルト」でなくなったのか?

一番有力な説は、「ナポレオンが皇帝になったことにベートーヴェンが失望した」。
ベートーヴェンが交響曲を完成させた直後に、ナポレオンはフランス皇帝になりました。
これを聞いたベートーヴェンは、結局ナポレオンも権力に憑りつかれたのかと怒り狂ったそうです。
最終的に、ナポレオンを俗物呼ばわりして、ボナパルトと書かれた曲の表紙を破り捨てたと言われています。

別の説だと、「この曲の2楽章が”英雄の死”をテーマにした葬送行進曲だから、ナポレオンに失礼だと考え、ベートーヴェンがタイトルを変えた」と言われています。

 
筆者
最終的に、この曲は「英雄交響曲~ある偉大なる人の想い出に捧ぐ~」と改名されました。
  • 遺書を書いてもなお、生きて創作する決意
  • ナポレオンのような英雄への強い憧れ

曲の特徴

英雄交響曲は、それまでの交響曲の概念をくつがえしたと言われる、とても重要な曲です。
この曲から“ロマン派”が始まったとも言えます。

第1楽章

Allegro con brio
~快速に、活気をもって~

1楽章だけで15分もあります。
過去の交響曲では考えられない大きさですね。
しかし、15分とは感じられないほど早く終わります。中身が詰まっているからです。

テーマはチェロから。優雅で伸びやかに歌われます。
そこから木管、バイオリンなどに受け継がれます。

ほかにも、ホルンが朗々と歌うさまなど、すでに後期ロマン派を思わせるような作風が素敵ですね。

ただし、優雅さ・伸びやかさだけではなく、緊張感もあります。
理由として、まず転調が非常に多い。冒頭のフレーズだけでも数回転調します。
また、弱拍や裏拍からリズムを作ることで、音楽に推進力を持たせています。シンコペーションなどが積極的に使われています。
演奏者としては、このようなハーモニーやリズムの移り変わりを意識したいところです。

 
筆者
優雅で気品ただようだけでなく、英雄の勇敢な戦いぶりも表現しているのかもしれません。

第2楽章

Marcia funebre: Adagio assai
~葬送行進曲:十分に遅く~

副題のとおり、葬送行進曲と言われています。

何かを憂い、引きずるように、とても暗く進んでいきます。
展開部にいたっては、絶望かと思われる嘆きのシーンもあります。
最後は、こと切れるかのようにぷつりぷつりと途絶えます。

この楽章で興味深いのは、裏で常に叩かれる「タタタタン」というリズムです。

まるで、運命のジャジャジャジャーンのごとく、「扉を叩く音」ですね。

これが実際に運命のテーマを示しているか分からないです(そもそも現代ではこの運命のテーマ自体に懐疑性が出ている)が、
いずれにせよ、この4つの音がベートーヴェンにとってとても重要な意味を持っていることには間違いないでしょう。

第3楽章

Scherzo: Allegro vivace
~スケルツォ:快活に速く~

とても軽やか。
3拍子のスケルツォと、優雅なトリオが交互にあらわれる楽章です。

トリオの部分は、英雄が狩りをしているシーンを描いたものとも言われています。
ここのホルンはとても大変そうですね・・・

第4楽章

Finale: Allegro molto
~フィナーレ:とても快速に~

とてもテンポの速い、変奏曲風な楽章です。

しかし、変奏曲にしては先例を見ないほどの規模があります。
終わりにやってくるコーダもとても大きなスケールのものとなっています。

演奏難易度(バイオリン)

※1stバイオリン、2ndバイオリンを基準としています。
 なお、アマチュアの人が休日や部活動で弾くことを想定しています。

1stの要求技術

速いですが、弾きやすいです。
メロディー(サビ)が多くて覚えやすいし、先々の音型の予測もつきやすいからです。
3,4楽章はけっこう機敏な動きが必要です。

一方、音程がけっこう難しいです。
Es-durという調性上、音が取りづらく、かつ楽器が鳴りにくいです。
(バイオリンは開放弦がナチュラルのため、主和音にシャープ・フラットが入ると鳴りにくくなります)

ある程度指が回るようになったら、音程・ハーモニーにも意識して練習したほうがよいです。

2ndの要求技術

弾くだけなら1stより簡単です。
しかし、突き詰めるとかなり難しいです。

一番大変なのが、チェロベースのメロディーが多いこと。

内声は本来、低音域と一緒に音楽の枠組みを作りたいのですが・・・英雄では、低音域がメロディーをよく弾くため、彼らに頼れないことが多いです。
「あれ?俺たち浮いてる?」な場面が頻出します。
スコアを読んで、どのパートを聴くのか判断するのが重要です。(リズム隊だけじゃなくてハーモニーとしても)

また、1st同様に音程が難しいです。

まとめ

  • 絶望から立ち直ったエネルギーが感じられる
  • 英雄への憧れともいえる威風堂々さ
  • 伸びやかながら、場面の移り変わりが多くて楽しい
  • 演奏難度は標準的。2ndは突き詰めるとけっこう難しい

英雄交響曲は、ベートーヴェンの音楽への溢れんばかりの想いと、英雄ナポレオンに対する強い憧れが組み合わさって出来た曲です。

これだけスケールが大きいのも納得です。

ベートーヴェンはこれ以降も、あの有名な運命交響曲や、ラズモフスキー四重奏曲など、素敵な作品をたくさん書いています。

弾き手としても、聴き手としても、機会があればぜひチャレンジしてみてください!

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