【「歓喜の歌」で知られる名曲】ベートーヴェン/交響曲第9番(第九)解説

  • 第九のメロディは知っているけど、全体ではどんな曲なの?
  • あの歌詞の元ネタはなんだろう?

日本では、年末に第九が必ず演奏されます。

あの大合唱のメロディは誰もが聴いたことがあるのではないでしょうか。

しかし第九は、あのメロディ以外にもさまざまなメッセージや仕掛けに溢れています。

ベートーヴェンの遺した最後の交響曲だけあり、強い意志が見られる曲なのです。

この記事では、バイオリン歴35年以上、コンクール入賞歴ありの筆者が、第九の内容を紹介します。

 
筆者

曲の成り立ちを知っておくと、聴こえ方が変わってきます!

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簡単なまとめ

  • 最初の構想から30年をかけて作られた
  • 歓喜をさまざまな形で表現し、讃えている
  • これまでの交響曲の知恵も結集している
  • 苦労も多いが、力と心を尽くした先に喜びがある曲

バックストーリー…きっかけは30年前の青年時代

きっかけは22歳の青年のとき

第九が作られたのは、1824年…ベートーヴェンが54歳のときでした。

ただし、その大元はすでに30年前の青年時代からありました。

彼は22歳のときに、フリードリッヒ・フォン・シラーという文豪の詩「歓喜に寄す」を読んで、感銘を受けたのです。

フリードリッヒ・フォン・シラー「歓喜に寄す」

シラーは、ベートーヴェンよりも数十年前に活躍した文豪です。

シラーは、「自由・人類愛」を文学で表し、フランス革命で多くの人を魅了しました。

そんな彼の「歓喜に寄す」も、フランス革命の勃発直後に書かれました。

一部を抜粋すると、下記のような言葉が出てきます。

「互いに抱きあえ、もろびとよ!」

「すべての人々はきょうだいになる!」

彼は、人類愛への希求、友愛の憧れを「歓喜」という形で礼賛したのです。

22歳のベートーヴェンは、このシラーの詩に感銘を受け、いつの日か作曲することを決意しました。

30年間による多様な経験、礎

ベートーヴェンはシラーの詩から着想は得たものの、第九を作曲するまでに30年の月日が空きました。

この間、彼は様々な経験を積むことで名実ともに素晴らしい作曲家になったのです。

難聴に苦しむあまり書いた「ハイリゲンシュタットの遺書」

交響曲第3番以降の数々の名曲

数々の経験は、のちの第九の礎となりました。

この間、シラーの詩をモチーフにした曲もいくつか作曲されました。

たとえば、歌劇「フィデリオ」の一部には、歓喜に寄すのフレーズが見え隠れします。

しかし、本格的な合唱曲は生まれませんでした。

晩年期に満を持して作曲

30年を経て、彼は1822年にロンドンフィルから交響曲の作曲依頼を受けました。

その時、いよいよシラーの詩を本格的に使った交響曲第9番「合唱付き」を作曲したのです。

さまざまな準備を経て、初演は大成功

初演が終わったとき、ベートーヴェンは指揮者の近くに座っていました。

彼は難聴のため、観客の熱狂的な拍手に気づかず、アルト歌手が彼を振り向かせてようやくそのことに気づいたと言われます。

補足:死後

後世の作曲家への影響

第九をはじめ、ベートーヴェンの残した交響曲たちは後世の作曲家に大きな影響を与えました。

多くの後輩作曲家たちは、「ベートーヴェンの交響曲を凌駕しなくては」というプレッシャーに駆られました。

40歳まで交響曲を書けなかったブラームス、ブルックナーが代表的です。

シューベルトも、「ベートーヴェンのあとで僕たちは何ができるだろう」と嘆声をあげたと言われています。

現代の人々も魅了するメッセージ性

この第九のもつメッセージ性はとてもインパクトがあり、東西ドイツ融合時にも流れました。

「全ての人類はきょうだいになる」

というメッセージは、当時の人々に強烈な印象を与えたといわれます。

曲の特徴

巨大な神殿を思わせる構造です。

この曲には大きく3つの特徴があります。

ひじょうにドラマチックな調…ニ短調である

ニ短調の有名な曲には、モーツァルトの「レクイエム」、シューベルトの弦楽四重奏曲「死と乙女」などが挙げられます。

 
筆者
ニ短調には「死」や「怒り」の性格があると言われています

1-4楽章を通して強いつながりがある

1-3楽章では、厳しさ・葛藤・つかの間の平穏などを謳っています。

そして、4楽章でこれらを全て否定し、歓喜の歌へとつなげているのです。

これら1-4楽章を有機的につなげているのが、この「レラ」という印象的なモチーフです。

この「レラ」は1楽章の冒頭から始まり、形や階名を変えてさまざまなところで出てきます。

それまでの交響曲の知恵を結集させた曲

  • ひとつのモチーフを曲中で使って一貫性を作っている(交響曲第5,6番)
  • ティンパニにオクターブ調律を施している(交響曲第8番)
  • あらゆる楽器に積極的にメロディを持たせる(交響曲第3番)
  • etc…

ベートーヴェンのこれまでの技術の累積が、この曲をより荘厳なものにしているのです。

第1楽章

刻みにより霧の中から、でもはっきりと始まります。

やがて何かが現れ…大爆発とともに「レラ」の第一主題が誕生します。

決然とした第一主題・優美な第二主題。この差を楽しめる楽章です。

第2楽章

スケルツォです。

当時のスケルツォは「冗談」を表すのですが、このスケルツォはなぜか超長大です。

筆者
954小節もあります!!!!

雰囲気はかなり厳しいです。騎馬のごとく怒れるリズム、音域の広いティンパニの連打。

ただし、時々「歓喜の歌」の朗々としたモチーフが見え隠れします。

トロンボーン…教会・神を暗示させる楽器も、この楽章から登場します。

しかし最後は、「まだ続くぞ」と言わんばかりに厳しいリズムが放たれ、楽章が終わります。

第3楽章

神秘的な安らぎに満ちた緩徐楽章。

世俗的な諍いから離れ、癒しを感じられます。

ただし、調性や拍感が変化し、流動的でもあります。

聴きどころとしては、各セクションの美しいハーモニーです。

冒頭の弦楽器、ホルンと木管楽器、金管楽器のコラールなど…

折り重なる和音が優しい世界へと誘います。

第4楽章

歓喜を、さまざまなテンポやキャラクターの変化を伴いながら讃えていく、数珠つなぎの讃歌です。

詳しく知りたい方は、下の折りたたみをご覧ください。

第4楽章の詳細(長いので折りたたんでいます)

この楽章は、パート分けすると分かりやすいです。

急→緩→急、といった7つのパートから成ります。

パート①(1-207小節)…恐怖のファンファーレ

「恐怖のファンファーレ」と呼ばれるフレーズで始まります。
短2度を使った超不協和音です。

しかし、直後にチェロバスがこれを否定し、朗々と歌います。

次に、いままでの楽章のメロディが現れます。
しかし、チェロバスはこれも「違う」と言わんばかりに否定します。

最後に「これはどう?」と、「歓喜の歌」のモチーフが現れます。

すると、チェロバスは「それだ!!!!」と肯定します。
この肯定に、オーケストラ全体が呼応します。
オケ全体に乗って、チェロバスがまるでオペラ歌手のように歌われます。

しかし、恐怖のファンファーレが再び、唐突に鳴り響きます。
この2回目のファンファーレが始まると、合唱が一斉に立ち上がります。

パート②(208-330小節)…「歓喜の歌」の始まり

今度は、バリトンのソリストが
「おお友よ、このような音楽ではない」
と歌い始めます。
今までの世俗的な音楽の否定です。

ここから「歓喜の歌」が本格的に始まります。
混声合唱により、女神、神々の霊感などを歓喜に例えて歌われます。

パート③(331-593小節)…歓喜を英雄に見立てて歌う

男声合唱が、6/8の行進曲風に勇ましく歌います。

まるで騎馬に乗った英雄のようです。

続いてオケのフーガ。

筆者
このフーガ、さりげない聴きどころだけど結構大変です^^;

フーガが終わると、一番有名なシーン…

「歓喜の歌」の大合唱が始まります。

パート④(594-653小節)…人類愛の主題のはじまり


テンポが静まり、新しい主題が始まります。

とても宇宙的です。

男声、続いて混声がこのように歌います。

「互いにいだきあえ、もろびとよ! 全世界の接吻を受けよ!

きょうだいたちよ、星の天幕の上には、愛する父が必ず住みたもう」

音楽による共同体を通して、隔たりのない人類愛を希求しているのです。

音楽はさらにゆっくりになり、上を見上げて父なる神を追い求めます。

パート⑤(654-762小節)…2つの主題によるフーガ


前の新しい主題に対し、答えのごとくソプラノによる歓喜が歌われます。

しかし同時に、アルトによる前の主題が続いています。

二つの異なる歌詞が同時に現れるフーガの始まりです。

パート⑥(763-842小節)…軽快な讃歌


弦と木管による細かい八分音符に乗り、ソリストが歌います。

とても軽快な讃歌です。

最後は超ゆっくりになり、ソリストが「すべての人々はきょうだいに~」と何度か歌うと…

パート⑦(843小節)…グランドフィナーレ


歓喜のなかを駆け抜ける、グランドフィナーレです。

一瞬、神殿のようなマエストーソを控え、これが終わると一気にゴールへ向かいます。

バイオリン弾きの視点

アマチュアの人が休日や部活動で弾くことを想定しています。

ものすごい苦労の先に、達成感・充実感が得られる曲です。

難易度はかなり高いです。

全般にわたって高レベルな基礎技術が求められます。

具体的には、4楽章の速弾き、2楽章のリズム、重音などです。

しかも曲が長い…大体のオケ曲を弾ける人でないと、練習しきれないと思います。

ですが、きちんと弾けたときの充実感も凄いです。

裏のこういった8分音符を弾いていても、「ああ、曲と一体化している…!」と感じられるのです。

簡単ではない…でも力と心を尽くした先には、やっぱり喜びがある曲です。

この曲を弾くにあたって特に気を付けたいのは、音程・音量差・合唱への受け渡しです。

まず音程ですが、この曲は分散和音がとにかく多いです。
常に和音の一部を弾いている意識で音程を気にすると良いです。

次に音量差
ベートーヴェンの交響曲には、基本的にpp,p,f,ffしか存在しません。
なのでpp,ffが出たときは「特別感」を持って弾けるといいですね。

最後に、合唱への受け渡し
合唱は、オケ以上にモチベーションが大事なのです。
(合唱団の練習を見学すると面白いです)

合唱が憂いなく入ってこられるように、手前のcrescを意識するといいと思います。
たとえば、541のcresc(あの有名なシーンの直前)などです。

まとめ

  • 最初の構想から30年をかけて作られた
  • 歓喜をさまざまな形で表現し、讃えている
  • これまでの交響曲の知恵も結集している
  • 苦労も多いが、力と心を尽くした先に喜びがある曲

ベートーヴェンの交響曲はすべて、音楽家にとってバイブルのようなものです。

その集大成となる第九は、得も言われぬ充実感に溢れています。

一方この曲は、準備も含めてとても大変です。プロならともかく、アマチュアならさらにそうです。

ソリスト、演奏者、運営陣すべての苦労を経て、やっと上演できる曲なのです。

もし第九の演奏に立ち会える機会があれば、関わった全ての人に賛辞を送りましょう!

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