テルツェットは、ドヴォルザークの室内楽曲のひとつで、バイオリン2本とビオラによる珍しいトリオの曲です。
この曲は、ドヴォルザーク自らが知人と演奏するために作られました。
そのため、鑑賞としてはもちろん、「演奏する楽しさ」にも満ちあふれた素敵な曲です。
この記事では、バイオリン歴35年以上・コンクール入賞歴ありの筆者が、ドヴォルザーク/テルツェットについて解説します。
ドヴォルザークの人物像や、この曲のバックストーリーを簡単に解説し、聴きどころや演奏面についても紹介していきます。
簡単な概要まとめ
- 友人と3人でアンサンブルをするために作られた曲
- 軽さがあり、透明度が高い
- イメージとは裏腹に、弾きごたえ十分
ドヴォルザークの人物像
故郷での音楽教育の影響
まずは彼の人物像を簡単に紹介します。
ドヴォルザークは、チェコの北ボヘミアにある農村出身です。
当時のボヘミアでは、農村の音楽教育がとても盛んでした。
ドヴォルザークの旋律にボヘミアの民族性を感じるのは、この故郷で受けた音楽教育が源泉だと言われています。
彼は農村で弦楽器を習い、のちにその技術が認められて音楽家として歩んでいくことになります。
社交的で親しみやすい性格
ドヴォルザークは、とても社交的でおおらかな性格でした。
彼は、もともと音楽家ではなく「肉屋兼旅館の後継ぎ」として育てられました。
常に他の村々との交渉を見ており、また彼自身もたくさんのコミュニケーションの機会があったのです。
彼はまた、愛妻アンナと6人の子宝に恵まれ、円満な家庭を築きました。
彼の温かく親しみやすいメロディーには、穏やかな性格、その裏に隠された沢山の苦労が礎となっているのでしょう。
テルツェットのバックストーリー
友人と3人でアンサンブルをするために作られた曲
当時45歳のドヴォルザークは、名実ともにチェコ作曲界のトップに立ち、充実期を迎えていました。
具体的には、彼がイギリスでの演奏旅行で大成功を収め、また、交響曲第8番などの名曲が世に出された時期でした。
そんなある日、彼は、義母のアパートに住み込みしていた化学専攻の学生ヨーゼフ・クルーズと、同僚である国立劇場管弦楽団員のヤン・ペリカンと3人でアンサンブルをしたいと考えました。
ヨーゼフとヤンはバイオリン弾き。そしてドヴォルザークはビオラ弾きでした。
そこで、ドヴォルザークは、チェロなし…バイオリン2本とビオラで編成された「テルツェット」を作曲したのです。
あまりにも難易度が高かった
しかしこの曲、いざドヴォルザークたちが合奏してみると、あまりにも難易度が高かったため満足のいく演奏はできませんでした。
(そのため、後日ドヴォルザークは別のもっと簡単な曲を作曲することになりました。)
例えば下譜のような部分です。
こうしたバックストーリーから分かるように、テルツェットは世に大きく出されたわけではなく、むしろ個人的な目的のために作られた曲です。
その曲が、こうして今も演奏され続けているのは驚きでしょう。
その理由は、この曲自体がとても個性的で情緒に溢れ、隠れた名曲に他ならないからかもしれませんね。
曲の特徴
全体の特徴
この曲は、全20分弱。
気軽に聴ける小品的な曲です。
全体的には、透明度が高く、ふんわりとした軽い雰囲気です。
理由は、チェロが無く、中音域以上でメロディーや和声が作られているからです。
曲調は、色とりどり。
彼のルーツであるボヘミア民族感たっぷりの楽章もあれば、いつくしみ深き楽章もあります。
個人的には、第2楽章-Larghetto(第1楽章から切れ目なく演奏されます)が大好きです。
まるで包み込まれるような愛情深さが感じられます。
調性も、E-dur…「愛の調」と呼ばれる音階で作られています。
第1・2楽章
最初の1~2楽章は、アタッカといって、続けて演奏されます。
中音域以上による、透きとおるようなメロディーと和声。
3本の楽器が知性を持って対話するかのように紡がれます。
第3楽章
民族感たっぷりのスケルツォです。
この曲の冒頭は、どこかで聴いたことがあるかもしれません。
ヘミオラ(hemiola…3拍子×2小節の中に、2拍×3の拍子感を入れて特徴的なリズムを作る)や、スルポン(sul ponticello…あえて楽器の駒近くで演奏し、ちょっと軋むような音を出す)など、たくさんのリズム技法・演奏技法が出てきます。
聴き手を飽きさせない、とても面白い楽章です。
第4楽章
終楽章は、変奏曲。
主題と10の変奏で構成されます。
下2声が独特のリズムを作り、1stVnが優雅に歌い上げます。
演奏難易度(バイオリン)
※アマチュアの人が休日や部活動で弾くことを想定しています。
この曲は、お互いの距離が近く感じられ、アンサンブルが楽しい曲です!
ただし、「弾ければ」という話です…
というのも、この曲、ドヴォルザークたちが演奏できなかっただけあり、技術的にわりと難しいのです。
最初こそゆったりとして弾きやすいのですが…
第3楽章あたりから、ドヴォルザークがだんだん調子に乗ってきたのか(笑)難しくなってきます。
楽器が少ないのを補うために、重音も多く使われているのも難しさの理由です。
ビオラは機敏な動きも多いです。
基礎レベルが高い方々なら、この曲の魅力を存分に楽しめるかもしれませんね。
まとめ
- 友人と3人でアンサンブルをするために作られた曲
- 軽さがあり、透明度が高い
- イメージとは裏腹に、弾きごたえ十分
ドヴォルザークが個人的な演奏のために書いた「テルツェット」を紹介しました。
バイオリン2本、ビオラ1本という、この曲でしか味わえない感覚のある曲です。
ぜひ一度聴いてみてください!