「ラ・レ・ミ・ラ」――このわずか4音の旋律が、全楽章を貫く原動力。
ハイドンの弦楽四重奏曲第76番《五度》Op.76-2。
本曲は、格式高くもどこか冷徹な世界を描き出しています。
作曲されたのは1797年――
まさに古典派の様式が完成し、のちの音楽が築かれる土台が整った時代。
この作品は、「短調曲の王道」とも呼べる完成度を誇ります。
本記事では、バイオリン歴35年以上の筆者が、
この《五度》の魅力と演奏の面白さを、楽章ごと、
そして演奏者の視点からもわかりやすく解説します!
- 作曲の背景 - 晩年作品の魅力
- ハイドンの作風は?
- 各楽章の聴きどころ
- バイオリン弾きとしての楽しさ
作曲背景|晩年のハイドンが放った渾身の四重奏曲集


ハイドンが《五度》を作曲したのは1797年――65歳の晩年作。
晩年にもかかわらず、その音楽には驚くほどの力強さが宿っています。
エネルギーに満ちあふれた人だったのです!
《五度》は「エルデーディ四重奏曲集」と呼ばれる全6曲のうちの1曲。
ハンガリーの貴族エルデーディ伯爵の依頼により生まれました。
エルデーディ伯爵は音楽への深い愛情を持ち、ハイドンに自由な創作を託したのです。
ハイドンの作曲技法は達人の域に達していました。
これまでに600を超える作品を残し、数年前にはロンドンでの演奏旅行も行ったのです。
そのため、エルデーディ四重奏曲集には、他にも「皇帝」や「日の出」など名作が並びます。
《五度》はその中で唯一の短調作品として、異彩を放っています。

簡素な素材から生まれる構築美。
晩年とは思えぬ活力…
《五度》は、まさに“ハイドン四重奏曲の精髄”とも言える存在なのです。
ハイドンの作風|古典派の礎を築いた音楽の父

ハイドンは、音楽の中心地・オーストリア出身。
彼は、のちのクラシック音楽の基礎を作った人物でもあります。

彼は、現在のスタンダードである”4楽章構成”を定着させました。
そして、各楽章に明確な役割を与えました。
また、弦楽四重奏では、”4つの楽器が対等に対話する形式”を確立しました。
通奏低音と旋律の役割だけでなく、新たな表現の地平を開いたのです。
彼の弦楽四重奏曲は、出版されているだけでも68曲にもおよびます。
それぞれがアイデアと工夫に満ちています。
とくに後期になると、旋律だけでなく内声や低音にも充実感があり、
全パートが能動的に音楽を担うようになります。
また、彼の音楽には時折、敬虔さや静謐さも感じられます。
少年時代は聖歌隊に所属していたのが理由かもしれません。
ミサ曲や宗教曲も数多く残しています。
「交響曲の父」「弦楽四重奏曲の父」と称されるのも納得。
まさに、“端正な構築美”を味わえる作風なのです!
曲の特徴
第1楽章 気品と冷徹さが同居する冒頭


(第一主題) ※古い音源なので聴きづらいかもしれません!(以下同様)
「ラ・レ・ミ・ラ」から始まる、印象的なモチーフが曲全体を支配します。
まるでバロック音楽のような構造美を持ちます。
でも単調には感じさせません。各パート、とても躍動しています。
少し教会的とも感じられます。
また、1stVnが歌う旋律が、全体の響きに丸みを持たせています。
まさに格式ある短調作品のお手本のようです!
第2楽章 歩くような拍で奏でる叙情

どこか安らぎを感じさせる章。
歩くような三声の拍の上で、1stVnが独白するように旋律を奏でます。
演奏者としては、歩みを止めずに弾くのが意外と難しいです!
第3楽章 カノンが生む異様なメヌエット

全体がカノン形式で進みます。
どこか永遠に自問自答しているよう。
光の差す中間部があるものの、また暗い思考へと戻っていきます。
第4楽章 暗闇から光へと至る終章

緊張感のある短調で始まりますが、終盤で一転、長調に転じて幕を閉じます。
のちのベートーヴェンも意識した「暗から明へ」の経過。
この構造の先駆けといえる楽章です。
強弱・緩急に富んだ内容で、聴きごたえたっぷりです!
バイオリン弾きのポイント

※アマチュアの方が弾くことを想定しています。
《五度》は、どのパートを弾いても充実感があり、純粋に楽しい曲です。
とくに後期ハイドンらしい対話の妙が光り、アンサンブルの面白さを存分に味わえます。
4人全員が主役という印象を受けます。

また、五度モチーフのシンプルさゆえに、
音の積み上げ方や呼吸の合わせ方で、表現の幅が大きく変わります。
そのため、初心者にもベテランにもおすすめできる曲です。
特にこの曲で意識したいのが、“呼吸感”。
全体にマルカート・スタッカート基調が多いため、自然なフレーズ感が失われやすいのです。
「運んであげる」「休符も楽しむ」という意識があると、より素敵になると思います!
まとめ
- 晩年のハイドンが放った渾身の四重奏曲集
- 古典派の構築美が光る名曲
- どのパートを弾いても充実感があり、楽しい!
- “呼吸感”を失わずに弾くのが大切
《五度》は、ハイドン晩年の充実と個性が光る短調四重奏。
五度モチーフの緊張感、そして構築美。
まさに古典派における“短調の王道”と呼ぶにふさわしい一曲です。
また、本曲を含むエルデーディ曲集は、ほかにも沢山の名曲があります。
「明るく堂々としたハイドンを弾きたいなら《皇帝》、
短調で深みのある作品を求めるなら《五度》」――
そんなふうに選べるのも、この曲集の楽しみ方の一つです!

ぜひ楽しんでください!