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【解説】ラフマニノフ 交響曲第2番|心を満たす波と旋律の名曲

《ピアノ協奏曲第2番》と並び、多くの人を魅了し続けるラフマニノフの名作《交響曲第2番》
広大な情景が浮かぶような旋律、深く語りかけてくるような構成美――
この作品には、彼自身の心の軌跡が刻まれています。

過去の苦悩とトラウマ、そして再び交響曲と向き合い立ち上がるまでの道のり。
この曲は、ラフマニノフにとって“再生”のシンボルであり、光を取り戻した証しでもあります。

本記事では、バイオリン歴35年以上の筆者が、この作品の魅力を深掘りしてご紹介します。
作曲の背景から、音楽的な構造、さらには演奏者から見た面白さまで――
ラフマニノフの音楽を、少しだけ身近に感じられるようになるかもしれません。

  • 作曲の背景 - 失敗からの復活
  • ラフマニノフの作風は?
  • 各楽章の聴きどころ
  • バイオリン弾きから見た交響曲第2番

作曲背景 ― 失敗からの復活

この曲が書かれたのは1907年の暮れ…彼の30代前半です。

背景として重要なのが、《交響曲第1番》との関係性です。

交響曲第1番のトラウマ

ラフマニノフは、若き日に発表した《交響曲第1番》で思わぬ苦難に直面していました。
作品そのものは沈鬱で個性的な魅力を持っていたものの、初演は大失敗。
賛否を呼ぶどころか、指揮者の不備とも言われる演奏によって、彼の自信は大きく損なわれました。

この精神的ダメージから立ち直るきっかけとなったのが、文豪トルストイとの交流、
そして生涯の支援者であった従兄ジロチの存在です。
ジロチの経済的な援助により、ラフマニノフは《ピアノ協奏曲第2番》を生み出し、大成功を収めます。
そして再び、「交響曲を書きたい」という意欲が芽生えたのです。

ドレスデンでの静かな生活

しかし、第1番のトラウマは根深く、次なる交響曲の構想を練り始めても筆は進みません。
そんな中、1906年、ロシアで起きた「血の日曜日事件」-そして「ロシア革命」

この事件を機に、彼は人知れず家族とともにドレスデンに移住。
人の目に晒されてきた彼は、ドレスデンで静かな生活の魅力に気づいたのです。
「隠遁者のような生活」と彼自身が語ったこの地で、ようやく創作に集中できる環境が整いました。

また、彼はこの事件をきっかけに、人間の無常さ、
より内面的で神秘的なテーマに傾倒
するようになるのです。

そして1907年末、ついに《交響曲第2番》が完成。
翌年の初演では大きな反響を呼び、グリンカ賞も再び受賞。
この曲は、ラフマニノフが作曲家として再び光を取り戻した証しとなりました。

 
筆者
美しい旋律の裏に、トラウマと苦悩があった作品なのです…!

深掘り - ラフマニノフの作風

ラフマニノフの音楽は、一言で言えば「情景の連なり」
波が寄せては返すように、静と動が交錯しながら、聴く者の心に豊かな映像を描き出します。

彼の作風を形づくっている要素をいくつか紹介します。

絵画・文学の形象

ひとつは、絵画あるいは文学の形象です。

ラフマニノフは、文学や絵画への深い愛着を持っていました。
ある文学作品を読むと、しばらくの間はそれ以外のことに価値を見出せなくなるほど、感情移入が深かったと言います。
そうした芸術体験が、彼の音楽に“語り”や“場面転換”の感覚をもたらしているのです。

●ラフマニノフの言葉:

「作曲の過程で、私を大いに助けてくれるのは、たった今読んだばかりのもの(本、詩)、すばらしい絵から受けた印象です。
時には、私は音で、一定の概念、あるいは歴史を、インスピレーションの源は示さずに描こうと試みることがあります」

ロシアの民族的な旋律語法

彼の曲には、正教会聖歌や民謡など、ロシア特有の要素が多く感じられます。

数々の作品に見られる重厚な和音は、幼いころにノヴゴロドやモスクワで耳にした聖堂の鐘の響きを模したものといわれています。
また、三音階的な運び特徴的なリズムの繰り返しなど、どこか民族的な情感がにじみ出ています。

伝統的な旋律を直接引用することは少ない人でしたが、そのニュアンスを土台として、自身のスタイルへと昇華しているのです。

《交響曲第2番》 ― 彼の人生を情景に描いた「ロシア的抒情」

これらの背景を踏まえて《交響曲第2番》を見ると…

冒頭から終結まで、音楽は大きなうねりを描きながら、まるで彼の人生を辿るかのように展開していきます。
苦悩、葛藤、希望、再生——それぞれの感情が、場面を変えながら次々と現れ、聴く者に強く訴えかけてくるのです。

楽章を超えて現れるモチーフや、緻密に計算された構成力もこの曲の美点。
散漫になりがちな長大な作品において、ラフマニノフは統一感とドラマ性を絶妙に両立させています。

また、実際にはロシア民謡を用いてはいないものの、先述のように民謡的な叙情もにじみ出ています。

この曲を聴いていると、まるで人間が絶望の淵から“生”を取り戻していくような、感情の旅に付き添っている気持ちになります。
だからこそ、《交響曲第2番》は多くの人の心を打ち続けているのでしょう。

 
筆者
彼の人生を情景に描いたかのような交響曲なのです!

曲の特徴

第1楽章 静かな語りから、荒れる波へ

(序奏) 古い音源なので聴きづらいかもしれません!(以下同様)

低弦が静かに呟き、金管が陰鬱な色を添える冒頭。
空をゆっくりと黒雲が流れて、冷たい大気の中で音が溶け込んでいくよう。
やがてVnのメロディーが、広大なロシアの情景をイメージさせる如く現れます。

1楽章…というより、ラフマニノフの譜面の特徴は、絶妙な起伏の匙加減にあります。
たとえば、メインパートの Allegro moderato では、細かなテンポ指定と音量指示が出てきます。
これが演奏における味の濃淡となるのです。

 
筆者
演奏者としても、この細かい表情指定をどう落とし込むかがカギになります!

音楽は牧歌的なパートを挟みます。
そして展開部では、この波のような不安定感が増し、不吉な響きをもたらします。
再現部で穏やかな旋律が流れるも、最後は陰鬱な響きが支配し、さらなる荒波を予感させて終わります。

第2楽章 怒りの主題が見え隠れする、嵐のスケルツォ

(主部)

(中間部)

舞い上がるバイオリンの風の中、ホルンが示すのは、《ディエス・イレ》の断片。
《ディエス・イレ》とは、最後の審判の恐怖を歌ったグレゴリオ聖歌に由来します。
ラフマニノフの多くの作品に登場し、“死”のテーマとして扱われているのです。

音楽全体はとても荒々しく、移り気な形象です。
メインパートは、ロシアのトロイカ…三頭の馬車が荒野を疾走しているよう。
次第に音楽は消え、孤独なクラリネット一本から、美しい第二主題へとつながります。
しかしこれも短命に終わり、完全無音の小節まで音楽は鎮まります。

中間部は唐突に、吹雪のような混乱の情景で始まります。
まるで竜巻の中を、悪魔たちが浮かれて踊るよう。

 
筆者
この中間部は、2ndVn最大の見せ場でもあります!

最後、再び最初の部分が見え隠れしたのち、軽快なトロイカの音は遠くの方で消えて終わります。

第3楽章 クラリネットによる魂の抒情歌

(冒頭)

(Clの主題)

本曲でもっとも有名で美しい楽章。
ビオラの音色につられ、一面の大地が目覚めるように始まります。

続くクラリネットの旋律は、聴く人すべての心に染みわたります。
当時の彼の友人は「ロシアの広大な草原に気まぐれに曲がりくねる川のよう」と評しています。
(ちなみに裏の2ndVnの伴奏は、とても塩梅が難しいです…!)

この旋律は弦に受け継がれ、クライマックスを迎えます。
しかしその後突然介入する不安のモチーフ…
これは、第一楽章の引用。

この不安のモチーフは、そのまま熱烈な呼びかけとなり、展開部を盛り上げます。
しかし、次第に闇が晴れ、不安は力を失い——
いまひとたび、花咲き誇るような旋律が再現されるのです。

第4楽章 旋風と祝祭のクライマックス

つむじ風のような出だしから、急激な踊りの主題が現れます。
上昇音型の数々はまるで祝祭のよう。

中心部の間奏は、3楽章から溢れた賛歌のオマージュともいえます。
ほかにも、それまでの楽章のおぼろげな回想が現れます。

これまでのモチーフが回想されながら、コーダでは鐘のように豪華絢爛な和音が響き…
生のエネルギーが輝くかのごとく壮大に歌われ、幕を閉じます。

バイオリン弾きから見た交響曲第2番

アマチュアが弾くことを想定しています。

この曲は、バイオリン弾きにとって垂涎の曲です。
素敵なメロディーがこれでもかと言わんばかりに出てきます。
情景の移り変わりも豊富。
弾いていてとても感情移入しやすいです!

特に注目したいのは2ndVn。
内声好きにとっては最高の曲だと思います。

  • スケルツォ出だしの1stとの音のぶつかり
  • 2楽章中間部の独壇場(これなんで2nd…?笑)
  • 3楽章のクラリネットの伴奏

…など、挙げればキリがないほど内声冥利につきます。
内声の役割が好きならぜひおすすめです!

 
筆者
特に3楽章の伴奏は絶妙…!
決して目立ってはいけないなか、たゆたう波をどう表現するか。内声の腕が問われます。

一方で、総合的な難易度は高いです。

一番の理由は、波打つような感情表現。
↓の Allegro moderato に代表されます。

非常に指示が細かいですが、忠実に守るものではなく
「感情の起伏」を表したいものと思われます。
これを楽器でどう表現するかが、とても難しいのです。

歌心が足りないと、直線的な音楽になってしまいます。
かといって一音一音に込めすぎると、全体の流れを失ってしまうのです。

十分な表現力と技巧力。
波を付けるような右手の柔らかさ。音を固くしない左手のバランス。
そして感情を表すセンス…
演奏者の総合力が試されます。

 
筆者
バイオリン弾きとしてのあらゆる力が鍛えられる曲です!

まとめ

  • 作曲家として再び光を取り戻した交響曲
  • 波が寄せて返すような、情景の連なり
  • 弦楽器奏者にとっては垂涎の曲
  • 表現力をはじめ、あらゆる力が鍛えられる!

冷たい空気の中、ロシアの大地を旅するような抒情交響曲。

聴き手としても、演奏者としても非常に魅力的。
波のような旋律の美しさは決して朽ちることがないでしょう。

ぜひ、深い呼吸とともに味わってください!