今回は、音楽史終盤の作曲家、リヒャルト・シュトラウスの曲を紹介します。
この時代には重厚な作品が多いですが、
一方でリヒャルトの曲は華やかでスピード感があり、初めて聴く人にもおすすめできます。
この記事では、バイオリン歴35年以上・海外学生コンクール歴ありの筆者が、ドンファンの魅力やバックストーリーを紹介します。
簡単なまとめ
- あざやかな色彩と、古典派由来のスピード感を併せもつ作曲家
- 官能的な伝説人「ドン・ファン」を描いた曲
- 激ムズ!弾くには高度な基礎技術が必要
リヒャルトの人物像
リヒャルトはドイツの作曲家です。
1864~1949年に活躍しましたが、傑作は第一次世界大戦前に集中しています。
音楽史でいうと、ロマン派の終わりです。
混沌とした時代で、古典派形式の限界が唱えられることもありました。
古きと新しきを結んだ音楽
リヒャルトは、とてもリアリストで、ある意味楽天家。
そして、思い切りのよい音楽を書く人物でした。
広い音程を一気に駆け上がり、スピードの速さで空間を制圧する作風。
これが、彼の交響詩や楽劇にとてもよくマッチしています。
また、恋愛ものが多いにもかかわらず、「官能的な朗らかさ」があるのです。
この作風の由来は、大きく2つあります。
1.古典派の父親による影響
リヒャルトは、幼少期から父親(ホルン奏者)に音楽を教わりました。
父親は、とても職人気質。時代に逆らうように絶対音楽の古典派を愛したのです。
一方で、新時代の音楽にはアンチともいえる否定ぶりでした。
なのでリヒャルトも、ハイドン・ベートーヴェンといった古典派の影響を比較的多く受けました。
また後期はモーツァルトなどの軽快な音楽に回帰する時期もあるのです。
2.リスト、ワーグナーからの影響
一方世間では、リスト・ワーグナーの音楽が強い影響力を持っていました。
彼らは「新ドイツ楽派」と呼ばれ、古典派の発展には限界があるとし、標題音楽を切り拓きました。
リストは交響詩、ワーグナーは楽劇において、それぞれ傑作を作りました。
リヒャルトは、はじめ父親の影響でリストやワーグナーを取り入れませんでした。
しかし、音楽界でのさまざまな出会いにより、彼らの豊かな表現を参考にしはじめました。
とくに楽劇「ばらの騎士」や、「ドンファン」などの交響詩に影響が出ています。
古典派を思わせる明快な作風、一方で、新ドイツ楽派の表現力…
リヒャルトは、自分のことを「古きと新しきを結ぶ鎖」と評しました。
ドンファンの作曲経緯
ドンファンは、最初に完成した交響詩です。
(厳密にはマクベスという交響詩を先に書き上げたが、訂正が重なりドンファンより遅れて出版されました)
この曲は、「ドンファン伝説」という物語がベースになっています。
ドンファンは、数多くの女性を誘惑しては捨てる「女たらし」の男です。
大まかなストーリーは以下のとおりです。
彼は「おお、素敵な女性だ」と思ったら、即座に「これこそ至高の愛だ」と口説き落とした。
しかも満足したらすぐ飽きて次の女に手を出す。
邪魔をする男は切り捨てる。
泣いた女、恨んでいる男は数知れなかった。
ある日、過去に自分が殺した男の石像に向かって話しかけたところ、なんと、その石像が動いた。
ドンファンを石像を嘲笑して食事に招く。
実は、この石像は死神だった。
晩餐会ではじめてドンファンは、その石の客の正体に気づくが、時はすでに遅い。
業を尽くしたドンファンは、地獄の炎に焼き殺されてしまった。
※交響詩「ドンファン」では、石像ではなく、生きている人物と決闘の末に倒れるというストーリーが有力です。
さて、このドンファン伝説にはいくつかのバージョンがあります。
リヒャルトは、レーナウの叙事詩を好んでいました。
レーナウは、ドンファンの猟奇的行動ではなく人間的側面を詩に描きました。
ドンファンのことを、理想主義者…女性への至高の愛を追求する人物としたのです。
彼の詩のドンファンは、最後にその理想が叶わないと知っても、後悔しない…ある意味吹っ切れた人物です。
リヒャルト自身も、この時期は人妻への恋という許されない心情に悩んでいました。
もしかしたら、理想の女性を追い続けたドンファンの心理に共感して作曲したのかもしれません。
ドンファンの初演は大成功。
わずか3カ月で、ドレスデン、ベルリン、パリまで急速に普及しました。
ただ、ホルンをはじめとして何人かの奏者から「難しすぎる」との文句も出たそうです。
曲の特徴
出でよ、そして絶えず新たな勝利を求めよ
青春の燃える鼓動が躍動する限り!
とても華やかで、スピード感のある曲です。
ドンファンの「至高の愛の追求」が楽譜いっぱいに描かれています。
しかし最後は虚無感に襲われたように、e-mollで終わるのです。
各標題とともに内容を追っていきましょう。
導入部
↑古い録音のため聴きづらいかもしれません!(以下同様)
一気呵成のごとく幕が開けます。「悦楽の嵐の主題」と呼ばれています。
さらに、畳みかけるような3連符の下降。
これは「いとも魅惑的に美しき女性的なるものの広大な魔の国」の旋律です。
すぐに、ドンファンを象徴する第一主題が、健康的に大きく出てきます。
「第一主題」と「魔の国の旋律」がからみ、ドンファンは女性の魔の国をさまようのです。
女性の旋律
熱烈な導入部が終わると、コンマスソロの美しい女性像が現れます。
ドンファン主題が合間に主張し、折り重なる女性主題がついに第二主題となり…
ドンファンは美にひざまずきます。
ふたりの愛の音楽が心地よいテンポで紡がれます。
展開部へ
チェロが冒頭のモチーフを奏で、ドンファンは愛の忘却から目覚めます。
その瞬間、ドンファンは女性のもとを去り、次なる旅へと出発します。
音楽は展開部へ。またもドンファンは魔の国を熱狂的にさまようのです。
しばらくすると新しい旋律が出てきます。
ドンファンによる新しい求愛です。
はじめは、木管楽器にあしらわれてしまいます。
しかしドンファンの口説きも情熱を帯びていき…
ついには、ふたりの愛の歌が奏でられます。この曲でもっともいつくしみ深い部分です。
第2展開部、再現部へ
ドンファンの情熱は、またしても別の所へ向けられます。
まばゆいばかりの音色とともに、ドンファンは祝祭の喧騒へと移ります。
しかし、歓喜が極まった瞬間、地獄のような恐ろしい雰囲気が訪れます。
この場面は色々言われており、
二日酔いのなか過去の女性を振り返るドンファンの姿や、
貴族の息子・ドンペドロが、死の決闘を申し込む場面などとされています。
再現部では、ドンファンの力と自信、そしてこれまでの女性のモチーフが走馬灯のように現れます。
音楽は再び熱を見せます。
終結部
再現部がクライマックスに達した瞬間、音楽は解決せず、急激に曲がしぼみます。
ドンファンは、いくら美を追求しても無駄なことを知り、虚無感に襲われます。
彼はそれを後悔しません。
虚しさを知った彼は、みずから進んで、相手の復讐のひと突きに倒れます。
バイオリン弾きの視点
※アマチュアの人が休日や部活動で弾くことを想定しています。
難易度は激ムズです!!
広い音階を一気に駆け上がったり、臨時記号が多かったり…
高い基礎技術が求められます。
しかもめっちゃ速いのです。この曲は初期作品だからか、特に速いです。
そのため、譜読みに関してはリヒャルトで一番難しいと思います。
もちろん低弦・管打楽器にも難易度が高い曲。
なので、リヒャルトの曲を沢山出来るアマチュアオケは大体上手いと思います!
上手&大規模なアマオケだとリヒャルトは選ばれやすいです!
余談
どうでもいいですが、この曲の最初はよくテレビで聞きます。
まとめ
- あざやかな色彩と、古典派由来のスピード感を併せもつ作曲家
- 官能的な伝説人「ドン・ファン」を描いた曲
- 激ムズ!弾くには高度な基礎技術が必要
リヒャルトは官能的な曲が多いので、義務教育ではまず紹介されない作曲家です。
そのため、彼の人物像は意外と知られていません。
ぜひこのドンファンをきっかけに、彼の曲がもっと身近になってもらえると嬉しいです!