- 「運命」という副題は有名だけれど、改めてどんな曲なのだろう・・・?
- 弾くにあたって時代背景を知っておきたい!
「ジャジャジャジャーン」
これだけで伝わる曲だというのもすごいですね。
今回は、日本人が最も知っている曲であろう、ベートーヴェンの「運命」についてです。
冒頭の4つの音がとても有名ですが、それだけではありません。
全体を通してものすごいエネルギーに溢れた、屈指の名作です。
この記事では、バイオリン歴35年以上・ビオラ歴ありの筆者が、ベートーヴェン・交響曲第5番「運命」について紹介します。
第5番の魅力は、どのような所なのか。
当時のベートーヴェンの心境になにが起こっていたのか。
これらのバックストーリーを簡単に解説したうえで、この曲の聴きどころや演奏面についても紹介していきます。
簡単な概要まとめ
- 「運命」という副題はウソの可能性が高い
- 器楽を使って、人間の理想と意志を表現した作品
- 「ジャジャジャジャーン」で1曲作ったすごさ
- 4つの楽章の有機的なつながり
作曲背景
「運命」という副題は、ウソの可能性が高い
この曲の「運命」という副題は、ベートーヴェン自身が名付けたものではありません。
彼の秘書、アントン・シンドラーが作り出したものです。
シンドラーが「冒頭の4つの音は何を示すのか」という質問に対し、「このように運命は扉をたたく」とベートーヴェンが答えたというエピソードから、運命という標題が広まりました。
しかし、後世の研究で、このやり取りはシンドラーの大ウソ・・・作り話だと発覚しました。
(シンドラーの遺した会話帳に上述のやり取りが残されていたのですが、その会話帳が彼自身の手で後から何度も改ざんされていることが発覚したためです)
“Symphony No.5″の名称だけなのです。
ですが、この交響曲は「運命」でないにせよ、運命という名を付けたいくらいシリアスな曲です。
ベートーヴェンはこの曲を「大交響曲 ハ短調」として初演を行いました。
ハ短調(c-moll)は、ベートーヴェンにとって特別な調性です。
彼のハ短調の曲は、みな嵐のごとく、かつ英雄的な曲調となっているのです。
また、曲の作りも、暗闇から光へと開けるような劇的な構成となっています。
「運命」という副題がねつ造にせよ、それくらい劇的な曲であることには変わらないのです。
音楽にも革命が起こりだした時代
交響曲第5番が作られたのは、1804年~1807年の間です。
この時ヨーロッパでは、「フランス革命」と「ナポレオン戦争」が起きました。
今まで王や貴族が実権を握っていたのが、「民衆」が中心の世界へと変わったのです。
音楽もまた、民衆の手の届くものになってきました。
それまでの音楽は、神や王、あるいは貴族のためのものであり、作曲家や演奏家の個性は極力抑えられていました。
しかし革命の波により、音楽も作曲家自身の想いや感情を乗せた自由なものへと変化していったのです。
ちょうどその頃にできたのが交響曲第5番です。
第5番は、1楽章から4楽章を通して「暗闇から光へ」「鬱屈からの解放」というような強いストーリー性があります。
まるで、器楽という音楽で人間の感情や意志を表現しているかのようです。
第5番は、いわばベートーヴェンが起こした音楽革命の1曲なのです。
この曲が革命的なものである一例として、4楽章においてピッコロとトロンボーンが使われています。
これらは、軍歌「ラ・マルセイエーズ」をもとに採用されたと言われます。
当時のフランスでは、ラ・マルセイエーズがよく演奏され、民衆を鼓舞していました。
ベートーヴェンはこの風習を取り入れ、当時軍隊楽器で使われていたピッコロとトロンボーンを4楽章に使うことで、人々の歓喜とも言えるエネルギーを実現したと言われています。
ここまでの背景をまとめるとこうなります:
- 「運命」という副題はねつ造だが、そう名付けてもよいほどの劇的な曲
- 音楽が、人々の想いを乗せた自由なものに変化した時代だった
曲全体の特徴
「ジャジャジャジャーン」でほぼ1曲作る
交響曲第5番の大きな特徴は、「ジャジャジャジャーン」でほぼ1曲を作り上げているところです。
この音型は、なんと1楽章だけで210回も出てきます。
ひとつの音型を4楽章の終結部まで反復させることで、全体の統一感を作っています。
この音型のおかげで、交響曲第5番を通して強いストーリー性を感じるのです。
各楽器を対等に扱っている
交響曲第5番は、さまざまな楽器に主題が出てきます。
それまでのクラシック音楽では、高音楽器がメロディー、低音がベースライン、という風に役割がほぼ決まっていました。
しかし第5番では、1楽章だけでもたくさんの楽器が「ジャジャジャジャーン」を担当しています。
3楽章に至っては、ティンパニにもジャジャジャジャーンのソロがあるのです。
さまざまな楽器に主題を担当させることで、曲全体がより立体的になり、色彩の豊かさも出ています。
各楽章の特徴
第1楽章
Allegro con brio
~快速に、活気をもって~
非常に緊張感があり、不安定な曲調です。
何度も紹介しているこの「ジャジャジャジャーン」ですが、実は頭に8分休符があります。
言語化すると「んジャジャジャジャーン」という感じです。
この8分休符は、緊張感を作るのにとても重要です。
指揮者は、この8分休符の一振りに全力を込めます。
そして演奏者も、指揮者の「振りの重さ」を感じ取って、一斉に弾くのです。
このとてつもないエネルギーの受け渡しがあるために、指揮者が振り下ろしてから演奏者が弾き出すまでだいぶ時間がかかることもあるのです。
また、「ソミファレ」の音階にも工夫があります。
「ソミ」「ファレ」は、それだけでは主和音を構成できません。
和音に置いて安定さを欠くため、緊張がずっと続いているのです。
第2楽章
Andante con moto
~歩くように、動きを持って~
「世界最高の2声部音楽」と言われています。
コントラバスのピチカートに押し出され、ビオラとチェロが歌い上げる様。最高ですね。
歌い終わったあとに、金管のファンファーレによって例の音型が出てきます。
第3~4楽章
3楽章:Allegro ~快速に~
4楽章:Allegro – Presto ~快速に – 急速に~
3楽章と4楽章は「アタッカ」といって、切れ目なく演奏されます。
この「アタッカ」は、ベートーヴェンがこの曲で初めて試みた手法でした。
ちなみに、第6番「田園」では、2楽章~4楽章がアタッカとなっています。
ベートーヴェンが一作ごとに新しい表現法を工夫しているのが伺えますね。
3楽章はハ短調(c-moll)。
4楽章はハ長調(C-dur)。
2つの楽章がアタッカによってつながり、まさに「暗闇から光への喜び」の如く4楽章が輝いて聞こえます。
ちなみに、ハイドンやモーツァルトの時代の交響曲は各楽章のつながりが薄く、4つの楽章で1つのテーマを物語るということはほとんどありませんでした。
(それどころか、交響曲の楽章をばらして演奏されることさえありました)
一方、ベートーヴェンは「ジャジャジャジャーン」の音型と、3~4楽章のアタッカによって、4つの楽章を有機的に結びつけ、全体を通して暗闇から光へのストーリーを伝えることに成功したのです。
演奏難易度(バイオリン)
※1stバイオリン、2ndバイオリンを基準としています。
なお、アマチュアの人が休日や部活動で弾くことを想定しています。
ベートーヴェン全体の中では、やや難しい部類です。
理由は次のとおりです。
- 音の跳躍がとても多い
- 1楽章は思った以上に高速で譜面が進む
(合奏練習の前に、いちど曲を聞きながら自分でも弾いてみることをおすすめします。)
ただし、のちのロマン派の数々に比べれば、まだ弾きやすい部類だと思います。
機会があればぜひ弾いてみましょう!
腹をくくって臨みましょう!
まとめ
- 器楽を使って、人間の理想と意志を表現した作品
- 「ジャジャジャジャーン」が繰り返し現れることで、全体の統一性を図っている
- 4つの楽章で「暗から明へ」の有機的なつながりがある
この時期のベートーヴェンは、ほかにも交響曲第6番「田園」や、ラズモフスキー四重奏曲など、素敵な作品をたくさん書いています。
弾き手としても、聴き手としても、機会があればぜひ色々な曲にチャレンジしてください!