ベートーヴェンの弦楽四重奏で、格好よくて弾きやすいやつはない?
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲は全部で16曲あり、曲調も難易度もピンキリです。
今回紹介する第4番は、とても格好よく聴き映えがします。
一方で、基本に忠実な曲構成をしており、カルテット初心者にもおすすめです。
筆者も、初めてまともに弾いた室内楽曲はこの第4番でした!
この記事では、バイオリン歴35年以上・ビオラ歴ありの筆者が、ベートーヴェン・弦楽四重奏曲第4番について解説します。
この記事を読むと、第4番の作曲背景、各楽章の特徴や、難易度が分かります。
簡単な概要まとめ
- 難聴を自覚しはじめた頃の、悲痛な曲
- ショッキングで疾走感のある曲調
- 基本に忠実な作り(ハイドンの影響を受けている)
- 技術力は要るが、アンサンブルはさほど難しくない
作曲背景
急激な難聴の進行による、絶望
弦楽四重奏曲第4番の一番重要な背景は・・・
「急激な難聴の進行による、絶望」です。
実はこの曲、番号こそ「第4番」ではあるものの、実際に作られたのは6番目です。
つまり、中期作品(第7番~)との境目で、ちょうどベートーヴェン自身が難聴に気づき始めた頃になります。
具体的には、ベートーヴェンが難聴を自覚したのが1798年ごろ。
その後に第4番に着手しましたが、作曲の間に症状が急激に悪化しました。
1800年に曲が完成したときは、耳が悪いどころか、音が鳴ったことすらほとんど分からない状態だったと言われています。
この頃、ベートーヴェンはウィーンでも有名な作曲家として名を上げていました。
また、演奏者としても順風満帆で、ベルリン、ドレスデン、プラハなどで、6か月にも及ぶ演奏旅行を開いていました。
このような立場上、自分が難聴だと明かすわけにもいかないため、周囲にはバレないよう振る舞う必要がありました。
それだけに、難聴が彼に与えた精神的ダメージは計り知れないですね・・・
失恋による悲しみ
弦楽四重奏曲第4番には他にも色々な背景があります。たとえば、恋愛関係です。
弦楽四重奏曲第4番が作られた頃も、ジュリエッタ・グイチャルディという貴族の女性に恋をしています。
彼は13通もの恋文を彼女に宛てたとされています。
しかし、彼の恋は実ることはありませんでした。
理由は「相手が貴族だったから」です。
当時、周囲からは「庶民であるベートーヴェンと貴族の女性が恋をするなんて、身分不相応だ」と言われてしまいました。
さらに、ジュリエッタからも「尊敬はしているけれど、恋はできない」と跳ね返され、ベートーヴェンは深い悲しみに襲われてしまったのです。
このようなショックも、弦楽四重奏曲第4番の作曲に影響を与えたと言われています。
その後も、彼は10人以上の女性に恋をしていたと言われています。しかし、相手がほとんど貴族だったこともあり、これらの恋が実ることはありませんでした。
さて、作曲背景をまとめるとこうなります:
- 第4番は、難聴を自覚しはじめた頃に着手され、作曲中もどんどん悪化していった
- 難聴は、彼の作曲家としての地位を揺るがしかねず、精神的に不安定になっていった
- ベートーヴェン自身の失恋なども重なっていた
曲の特徴
第4番の作風は、全体的に暗く、衝動的です。
しかし、とても基本に忠実に作られています。
彼の丁寧な曲作りには、師匠の1人であったハイドンの作風を色濃く受けていると言われています。
実際に演奏してみると、ベースライン(主にチェロ)を基軸とした、分かりやすい作りです。
また、初期作品のうち最後の曲のため、完成度は非常に高いです。
第1楽章
Allegro ma non tanto
~快速に、しかし甚だしくなく~
ファーストバイオリンを中心に、情熱的なメロディーが展開されます。
そして、テーマのあらゆる所に「sf」・・・とても強いアクセントを意味する記号が出てきます。
ベートーヴェンの初期作品でこれだけ多くのsfを使っているのは多くありません。これがインパクトの一因になっています。
一方で、同じ主題を長調に転調させたものも出てきます。
まるで、不安のなかでも生きる意志が見えるようです。
第2楽章
Andante Scherzoso quasi Allegretto
~スケルツォ、ほぼアレグレットに近いアンダンテ~
スケルツォとは、イタリア語で「冗談」という意味です。
曲調はとても軽い。
人によっては「舞踏会」を連想したり、もしかしたら「かわいい」と感じるかもしれません。
したがって、この楽章は楽団によって全然ちがう姿を見せます。
パブリックドメインで聞ける音源は、とてものびのびとしています。
一方、ハーゲンカルテットという有名な弦楽四重奏団では、ものすごく早いテンポで展開されます。
また、この楽章は「フーガ」形式です。
フーガとは、簡単にいうと、だれかが弾いたテーマを別の人が繰り返し演奏することです。
ベートーヴェンは、この後の室内楽曲でもよくフーガ形式を用いています。近いものだと、弦楽四重奏曲第7番「ラズモフスキー」もそうですね。
この第2楽章は、彼のスタイルの先駆けとも言えるでしょう。
第3楽章
Menuetto Allegretto
踊りのような雰囲気ですが・・・同時に、とてもシリアスです。
この楽章もsfがたくさん出てきます。しかも、弱拍と言われる3拍目に。
強い意志を感じます。
ここで演奏者としては、「1拍目と3拍目はどちらが重い?」という疑問がわきますが・・・
この時期の作品は、どのような事があっても1拍目が正義とされています。
なので、筆者的には「たとえsfが書かれてあろうが、1拍目があった上での3拍目」と思っています。
演奏者のスタイルにもよると思います!
あとは、この楽章は転調がとても多いです。
最初の8小節だけでも、3回ほど転調していますね。
転調を聞かせることは、演奏全体のダイナミックさにもつながります。演奏するときは、ハーモニーをよく確認したほうがいいと思います。
第4楽章
Allegretto
ロンド形式といって、最初に現れたテーマを、曲全体でなんども回帰させるスタイルを取っています。
合間に穏やかなフレーズが訪れるが、結局は暗い第1テーマに戻ってしまう・・・全体的に哀しく引き締まった楽章です。
ただし、一番最後の数小節は、なんと長調で終わるのです。
難易度
※1stバイオリン、2ndバイオリンを基準としています。
なお、アマチュアの人が休日や部活動で弾くことを想定しています。
総じていうと、ある程度の個人技術さえあれば、とても勉強になるおすすめの曲です!
特に、ファーストバイオリンに強い人がいれば十分チャレンジ可能です。
セカンド、ビオラ、チェロにも出番はそこそこありますが、そこまで難しくはありません。
一方、曲作りに関しては、緩急があり、低音の出番も多いです。
モーツァルトなどのシンプルな曲と比べると、ハーモニーの難しい部分も少しあります。
4人での音程感やアンサンブルを学ぶには非常によい曲だと思います!
まとめ
- 初期作品としては異例の完成度の高さ
- ダークで疾走感があり、聴き映えする
- 1stはやや難しいものの、全体的にクセがなく作りやすい
- 初めて組むグループにもおすすめ
難聴に苦しむベートーヴェンが作った情熱的な曲。とてもドラマチックな作品です。
ベートーヴェンというと、交響曲(第九や運命など)が注目されがちですが、実は室内楽にも素敵な曲がたくさんあります。
聞き手としてはもちろん、弾き手としても、ぜひチャレンジしてみてください!