ざわめくトレモロが爆発し、聴き手を一気に不穏へ引きずり込む——
それがシューベルトの「四重奏断章」です。わずか9分ほどの単一楽章ながら、後の「未完成」交響曲を予感させる名曲として知られています。
じつは完成したのは第1楽章だけで、第2楽章は書きかけのまま放棄されました。「未完」でありながら忘れがたい——そんな魅力をたたえた作品です。
わずか9分、あっという間の劇的な一曲です!
本記事では、バイオリン歴35年以上の筆者が、この曲がどのように生まれたのか、聴きどころはどこなのかを、奏者の視点も交えて解説します。
- 「四重奏断章」がいつ・どんな状況で書かれたのか
- なぜ第1楽章だけで未完に終わったのか
- 劇的な冒頭から「鏡像」の再現部まで、具体的な聴きどころ
シューベルト「四重奏断章」の情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作曲者 | シューベルト |
| 調性 | c-moll(ハ短調) |
| 演奏時間 | 約9分 |
| 雰囲気 | 劇的で不穏 |
| 特徴的な部分 |
①ざわめくトレモロで始まる冒頭 |
「四重奏断章」はどのように作られた?
約4年ぶりに書かれた弦楽四重奏曲
シューベルトは10代から弦楽四重奏曲を書き続けていました。ところが第11番(1816年)を最後に、四重奏からはしばらく遠ざかります。
そして約4年の沈黙を経て、1820年12月に書き始めたのがこの曲です。着手のきっかけは、12月1日にゾンライトナー邸で開かれた音楽の集い「シューベルティアーデ」だったとされています。

そう思うと、少し不思議な気もしますね…
「家庭の音楽」から「プロの作品」への転換点
シューベルトの初期の四重奏曲は、家族で弾くための「家庭音楽」でした。父がチェロ、兄イグナーツとフェルディナントがヴァイオリン、シューベルト自身がヴィオラを受け持つ——そんな団らんの音楽です。
ところが「四重奏断章」は、技術的な要求がぐっと高くなっています。つまりシューベルトは、この頃から家庭での演奏ではなく、プロによる本格的な音楽を目指していたと考えられます。
ちょうどこの頃、彼は職業作曲家への道を歩み始めていました。
職業作曲家への歩み
- 1816年:はじめて作曲料を得る
- 1818年:はじめて有料の公開演奏会が開かれる
- 1821年:自作が出版され始める
なぜ未完で終わったのか(諸説)
第1楽章を書き上げたあと、シューベルトは第2楽章(変イ長調)を約40小節書いて、ふいに筆を止めます。理由を語った記録は、残っていません。
未完の背景には、いくつかの説があります。
未完の理由をめぐる主な説
- 強烈すぎる第1楽章に、見合う第2楽章を書けなかった
- 目指していた大きな「飛躍」(=彼自信の言葉)を体現しきれなかった
200年経った今も、その真相は謎のままとなっています。
「四重奏断章」の聴きどころ
ざわめくトレモロで始まる劇的な幕開け
※古い音源につき、聴きづらさ等はご容赦ください(以下同様)
冒頭から、ただごとではありません。第1ヴァイオリンが細かく刻むトレモロが、低く小さく始まります。
それがわずか数小節のうちにふくれ上がり、一気に強奏へと爆発します。半音でぶつかり合うような響き(短2度の緊張)が、聴き手を落ち着かせてくれません。
過去のどの四重奏曲とも違う不穏な始まりで、多くの人が引き込まれます。
第一主題と、意外な調をとる第二主題(変イ長調)
冒頭のトレモロは第一主題の形も兼ねており、トレモロが終わるとその姿を現します。どこか落ち着かず、不安をはらんだまま進んでいきます。
やがて音楽は、対照的な第二主題へと流れ込みます。こちらはより抒情的で、ひと息をつけそうな旋律です。
ところが、ここに仕掛けがあります。
第二主題の「意外な調」 …ふつう、第二主題は第一主題と関係の深い調(今回でいうと、たとえばト長調)で奏でられます。ところがシューベルトは、第二主題を変イ長調に置きました。
そのため、安住しきれない、何かを探し求めるような感覚が生まれます。
さらにその裏では、内声が第一主題の不穏なリズムを奏でているのです!
「鏡像」で閉じる再現部——独特の仕掛け
さらなる個性は、終盤の再現部にあります。ふつうのソナタ形式なら、第一主題が先に戻ってくるところです。
ところがシューベルトは、その順番をひっくり返しました。第二主題を先に再現し、第一主題はあえて後ろへ回したのです。いわば「鏡像(逆行)」のような構成です。
そして最後に、冒頭のトレモロが回帰し、圧倒的な勢いで全曲を閉じます。
この後半の流れはぜひご自身で聴いてみてください!

その秘密はこの巧みな締めくくりにあるのです。
まとめ
- 後期の傑作を予感させる、シューベルト円熟期の入口
- ざわめくトレモロから強奏へ!わずか9分の劇的な展開
- 美しくも浮遊感のある第二主題
実はこの四重奏断章、長いあいだ「初期の習作」と誤解されていました。しかし今はその内容が見直され、後年の偉大な弦楽四重奏曲群の先駆けとして、高く評価されています。
音楽学者モーリス・ブラウンは、「未完成交響曲で開花する偉大さへと聴き手を準備してくれる、それ以前のシューベルトの器楽曲では唯一の楽章だ」と評しました。
事実この後、シューベルトは弦楽四重奏曲第13番「ロザムンデ」、続いて第14番「死と乙女」と、傑作四重奏曲を次々に世に送り出していくのです。

激動の9分間をぜひ味わってみてください!
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