バイオリン弦・肩当て、室内楽曲、オーケストラ曲の紹介・解説をしています。興味があればご覧ください!

【解説】シューベルト 弦楽四重奏曲第13番《ロザムンデ》|静かな哀しみを紡ぐ名作

哀しみをたたえた美しい旋律と、静かに揺れるような抒情。

シューベルトの弦楽四重奏曲第13番《ロザムンデ》は、
彼が人生の暗い影と向き合いながら生み出した、繊細で深みのある名作です。

第2楽章の旋律は、とくに有名です。
劇音楽の前奏曲から生まれたこのメロディは、
優しさのなかにかすかな哀愁をにじませます。

同時期に書かれた《死と乙女》と並んで、シューベルト後期室内楽の頂点とされている本曲。
そのルーツとは——?

筆者
深い哀しみの原点には、やはり彼自身の諦観があったのです。

この記事では、バイオリン歴35年以上の筆者が、
《ロザムンデ》が作られた背景や、各楽章の特徴と聴きどころをわかりやすく解説します。

  • 《ロザムンデ》のルーツ
  • 各楽章に込められた雰囲気と特徴
  • シューベルトの悲観の理由

なぜこの曲が生まれたの?

1824年、室内楽に傾倒した年

この四重奏曲が書かれたのは1824年の初頭。
彼が没する少し前の作品です。

前年に重い病に倒れたシューベルトは、一命をとりとめたものの、体調の不安は残されたままでした。
健康と将来への不安が付きまとうなか、彼は創作の重心を室内楽に移していきます。

 
筆者
これらの室内楽をベースに、ゆくゆくは交響曲を再び書こうと試みていたのです!

この年に生まれたのが、《死と乙女》《ロザムンデ》、そして八重奏曲。
いずれも力作ぞろいで、のちに「シューベルトの室内楽の年」とも呼ばれる重要な時期となりました。

劇音楽《ロザムンデ》との関係

本作の第2楽章は、劇音楽《ロザムンデ》第3幕の間奏曲に由来しています。
この劇は1823年の秋に書かれましたが、台本の弱さから上演面では成功しませんでした。

しかし、音楽そのものは高く評価されました。
とくに第3幕の間奏曲の旋律は、シューベルト自身が特別に気に入っていたようで、
この四重奏曲のほか、ピアノの即興曲などにも転用しています。

《ロザムンデ》という名前は、こうした旋律の再利用をきっかけに、四重奏曲全体の通称として定着しました。

 
筆者
ちなみに「ロザムンデ」とは主役の王女の名前です!

「最も不幸な人間」が書いた抒情

この作品が書かれた頃のシューベルトの心情は、暗いものでした。
友人クーペルヴィーザーに宛てた手紙には、次のような言葉が綴られています。

「僕はこの世で最も不幸で哀れな人間だと感じている。
健康が回復する見込みもほとんどなく、希望は無に帰し、
愛や友情はかえって苦しみをもたらし、美への熱狂も消えかけている。」

そのような状況下でも、彼は創作への意志を絶やしていませんでした。
この手紙の終わりには、こうも記されています。

弦楽四重奏曲を2曲、八重奏曲を1曲作曲した。もう1曲四重奏曲を書くつもりだ。
こうして大きな交響曲への道を切り開いていきたい。」

この2曲の四重奏曲こそ、《死と乙女》と《ロザムンデ》。
《死と乙女》が劇的で緊密な構成を持つのに対し、
《ロザムンデ》は静かな抒情と哀しみをたたえた作品として、深い対照をなしています。

  • 重い病の後の回復期に書かれた
  • 劇音楽《ロザムンデ》の旋律を引用し2楽章を書いた
  • 当時の絶望的な感情を湛えた名曲

各楽章の内容、聴きどころを紹介!

第1楽章 陰影に満ちた導入と構築美

古い音源なので聴きづらいかもしれません!(以下同様)

冒頭、2ndバイオリンの8分音符のゆらぎに乗せて、低弦が五度の和音を響かせます。
不安げなリズムが密かに脈打ち、張りつめた空気を作り出します。

そこに現れる第一主題は、憂愁をたたえた美しい旋律。
どこか内向的で、ためらうような語り口が印象的です。

これに対して第二主題は、C-durで歌うように現れますが、
そこにもなお8分音符の揺れがつきまとい、晴れやかさに満ちきれない影を感じさせます。

展開部では、第一主題がさらに掘り下げられ、次第に緊張が高まっていきます。
頂点では減七の和音がffで炸裂し、激情が一瞬解き放たれますが、
すぐに冒頭の空気へと戻っていきます。

全体を通して、この楽章には「抑制された感情」と「緻密な構築」が見事に共存しています。

 
筆者
大きな声で語らずとも、内に秘めた感情が強く響いてくる…
そんな楽章です。

第2楽章 ロザムンデ旋律による安らぎと哀愁

第2楽章はアンダンテ。
劇音楽《ロザムンデ》から取られた旋律が、主題として用いられています。

優しいメロディですが、どこか物憂げ。
安らぎの中に、哀愁がにじみ出る美しい主題です。

形式はロンド風で、主題が何度も戻ってきますが、再現のたびにわずかに変奏されています。
穏やかな中にも変化を感じさせます。

この旋律の魅力が、作品全体の印象を決定づけているといっても過言ではありません。

第3楽章 影を落とすメヌエット

第3楽章はメヌエット形式ですが、
一般的な舞曲のような軽快さだけでなく、沈んだ情感が漂います。

旋律の元になっているのは、シラーの「美しい世よ、お前はどこにあるのか」という詩。
その問いかけのような虚無感が、この楽章にも影を落としています。

 
筆者
淡い光と深い影が交錯する、内省的な音楽です。

第4楽章 民俗舞曲風のリズミカルな終楽章

第4楽章は、軽快でリズミカルな終楽章。
民俗舞曲風で生を感じる音楽が展開されます。

全体の印象は明るめですが、構造は緻密で、
あるひとつの動機が全体に巧みに散りばめられているのが特徴です。
また、4小節単位の区切り方などに統一感があり、
表面的な勢いの裏に構築的な意図が感じられます。

抒情的な前楽章までの雰囲気を受け継ぎつつ、
最後は生命力のある響きで幕を閉じます。

まとめ|抒情と構築が織りなす、静かな名作

  • 病による絶望を湛えた名曲
  • 劇音楽由来の旋律が生む、やさしくも哀しい抒情
  • 内面の静けさと構築美が共存する音楽

同時期に書かれた《死と乙女》が緊張感と劇性を前面に出した作品だとすれば、
《ロザムンデ》はあくまで内面の声を静かに歌い続ける音楽。
聴けば聴くほど心に染みる、そんな魅力を持った一曲です。

聴き手としても演奏者としても、機会があればぜひその魅力を体感してみてください。

🎵 あわせて読みたい関連記事