シベリウスの数少ない弦楽四重奏曲——
「内なる声(Voces intimae)」は、透明な響き・深い精神性が魅力の一曲です。
原題 Voces intimae には、「内面」と「親密さ」という二つの意味が込められています。
そのため、日本語では「親愛なる声」と称されることも。
しかしその音楽は、どこまでも静かに、深く沈んでいくような作曲者の声のようです。
本作はシベリウス中後期の作品で、交響詩や初期の交響曲とは異なる、より私的で内省的な世界が広がっています。
初めて聴いたときには「何が起きているの?」と戸惑うかもしれません。
けれど、構造を理解し、繰り返し耳を傾けるほどに、内省的で純度の高い響きが心に染みわたる…
そんな、知る人ぞ知る名曲を、今回はじっくりご紹介します。
- シベリウスがこの作品に込めた“内なる声”とは?
- 各楽章の構成と聴きどころ
- 演奏者の視点から見た難しさ
作曲背景|シベリウスの“暗黒期”

「内なる声」は、1909年に作られました。
交響曲第1,2番やバイオリン協奏曲が作られた数年後の作品です。

この時期はシベリウスの「暗黒期」と呼ばれていました。
背景にあったのは、交響曲第3番の不理解。
そして、体調不良(咽頭の腫瘍)。
さらに、大量の借金を抱えていました。
複数回の手術を行い、先の見えない不安の中…
彼の音楽はより内省的・本質的な方向へと向かっていったのです。


こうした暗黒期を経て、体調がようやく回復し、
創作に静かに集中できるようになったタイミングでこの四重奏曲は作られました。
夜明けのような静けさ。
内に秘めた強いエネルギー。
これらは、まさに彼の再生を象徴しているかのようです。
シベリウス自身もこの作品に強い愛着を示しました。
「とてもよい気分だ。死の瞬間にさえ、唇に笑みを浮かべてしまうほど、満足している」

以前のように、外面的なドラマを追うのではなく、
音そのものの純粋な力で語る作品へと、彼の作風は大きく舵を切り始めたのです。
- シベリウスの「暗黒期」に作られた曲
- 数々の苦難を経て、凝縮されたエネルギー
- より内面的で、透明感のある作風に
各楽章の内容と聴きどころを紹介!

「内なる声」は、全5楽章構成という少し珍しいスタイルで書かれています。
両端の第1・第5楽章がしっかりとした構造。
その間に短めの第2・第4楽章。
そして深みのある第3楽章が挟まれる——
いわゆる「アーチ構造」と呼ばれる形式です。
それぞれの楽章が独立しながらも、全体として見事なバランスを保っています。
第1楽章:Andante – Allegro molto moderato

※古い音源なので聴きづらいかもしれません!(以下同様)
冒頭、バイオリンとチェロが語り合うように静かに始まります。
この部分を「親愛なる声」と解釈する人もいるほど、密な響き。
(主部)
全体としては内向きで、少し近代も感じさせる音楽。
しかし、シベリウスらしい充実感のある作風が光ります。
透明感がありながら、彼独特の豊かな響きが味わえる楽章です。
第2楽章:Vivace

スケルツォにあたる楽章。
演奏時間は短く、民俗的なリズム感とマルカート・スタッカートが印象的です。
最後に少し旋律的な楽想が現れ、第3・第4楽章への橋渡しのような役割を果たしています。
短いながら、全体のまとまりを付けるのにも大事な楽章です。
第3楽章:Adagio di molto


この曲の中心をなす、深遠な緩徐楽章。
冒頭から息の長い旋律がゆったりと展開されます。
そして、21小節目に登場する三つの和音が、まさに「内なる声」の象徴とされています。
この和音が響く瞬間はとても印象的で、言葉にならない感情を投げかけられるような感覚。
やがて音楽は静かなピークを迎え、再び沈むように終わっていきます。
第4楽章:Allegretto (ma pesante)

第2楽章と呼応するような、舞曲的な楽章です。
続く第5楽章に向けて、やや心拍数の上がる雰囲気を作っています。
第5楽章:Allegro

最終楽章は、運動性の高い、活気に満ちた雰囲気です。

この楽章だけ単一で取り上げられることもあります!
主題のような楽想を散りばめています。
すべてを読み取れませんが…1楽章などさまざまな所から引用しているようです。
透明感を持ちながらも熱気のある調べ。
だんだん高揚していき、充実感を持って終わります。
まとめ|苦難の果てに見えた、内なる声
「内なる声」は、シベリウスが体調不良や借金、そして作品への不理解といった「暗黒期」を乗り越えた先に生まれた、非常に私的な作品です。
交響詩や大規模な交響曲とは異なり、外面的なドラマはありません。
けれどそのぶん、作曲者の内面に寄り添うような響きがあるのです。
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