【豊潤な響きの後期六重奏曲!】チャイコフスキー/弦楽六重奏曲「フィレンツェの想い出」解説

チャイコフスキーは、生涯でたくさんの交響曲・管弦楽曲を生み出しましたが、室内楽曲に関しては寡作でした。

弦楽室内楽曲で有名なものだと、弦楽四重奏曲第1番(アンダンテ・カンタービレで有名)、弦楽セレナーデ、そして本作「フィレンツェの想い出」くらいです。

この「フィレンツェの想い出」は、そんな数少ない室内楽曲でありながら、晩年のチャイコフスキーの知恵と技術が詰まった、とても響き豊かな作品です。

この記事では、バイオリン歴35年以上・ビオラ歴ありの筆者が、チャイコフスキー/弦楽六重奏曲「フィレンツェの想い出」について解説します。

チャイコフスキーの人物像や、この曲のバックストーリーを解説し、聴きどころや演奏面についても紹介していきます。

スポンサーリンク

簡単なまとめ

  • 音楽協会の名誉会員に選ばれたことへのお礼
  • 弦楽六重奏だが、交響的な響きがある
  • 派手さ、美しさ、リズムなどのバランスが取れた名曲
  • 演奏面ではかなり上級者向け

チャイコフスキーの人物像

遅咲きの作曲家

まずはチャイコフスキーの人物像を簡単に紹介します。

チャイコフスキーは、ロシア出身です。

彼の家庭は音楽好きでしたが、彼が幼少期に音楽教育を受けることはありませんでした。

当時のロシアでは、音楽を道楽とすることは許されたものの、音楽を職業とする人は居なかったからです。

彼は、22歳まで法務省の役人として働きその後ようやく音楽に向き直りました。

彼はペテルブルグの音楽院に入学後、26歳でモスクワ音楽院の教師としてあっせんを受けたことで、ロシアほぼ初の専業音楽家となったのです。

 
筆者
22歳まで社会経験を積んで、音楽に向き返ったチャイコフスキー。
一方、4歳から音楽教育を受けていたメンデルスゾーン。
経歴としては対照的ですね!

西欧音楽、特にイタリア作品の影響を受けた

チャイコフスキーは、ロシア出身ながらも、西欧音楽…特にイタリア作品をベースとした作風が特徴的です。

彼は、音楽教育こそ受けなかったものの、幸いにも音楽好きの家庭で育ったため、家に「オーケストリオン」という自動演奏機があったのです。

彼は、ロッシーニ、ドニゼッティ、ベルリーニなどイタリア人作曲家のオペラや、モーツァルトのドン・ジョヴァンニを好んで聴き、のちの作曲にあたって影響を受けたと言われます

最大の理解者「フォン・メック夫人」

中年期以降(30代~)のチャイコフスキーは、フォン・メック夫人というパトロンから多額の支援を受けました。

また、彼らは似たもの同士で、結婚こそしませんでしたが、文通を行いながらお互いを精神的にも励ましたのです。

ふたりの文通は、14年間にも及びました。

本作「フィレンツェの想い出」は、この文通の晩年の時期に作られた作品です。

「フィレンツェの想い出」のバックストーリー

室内楽協会名誉会員になったことへのお礼

この曲は、チャイコフスキーが「サンクトペテルブルク室内楽協会名誉会員」に選出してもらったお礼として書かれました。

当時この知らせを受け取ったチャイコフスキーは、フィレンツェに滞在中でした。

そのため、表紙にフランス語で「フィレンツェの想い出」- “Souvenir de Florence” – と副題を付けたのです。

ちなみに、彼は過去にも何度かフィレンツェに旅行していました。

そのなかには、フォン・メック夫人の招待によるものもあり、彼はとても幸せな日々を1か月ほど過ごしました。

「フィレンツェの想い出」という副題には、名誉会員としての記念以外にも、こうした過去の幸せな想い出が含まれているのかもしれません。

フォン・メック夫人への気遣い

この曲は、弦楽六重奏曲なのにオーケストラ的な響きがあるのが特徴です。

この背景には、メック夫人が病に伏せてコンサートに出かけられなくなってしまったため、

自宅でもオーケストラのような響きを聴けるようにとの気遣いがあったそうです。

チャイコフスキーからメック夫人への手紙:
「私はこの6つの声部のための曲を異常なプレッシャーの元で書いています。新しい形式を考え出すのがとても難しいのです。」

補足…フォン・メック夫人との別れ

「フィレンツェの想い出」が作られた2か月後、チャイコフスキーは、メック夫人から突然の別れを告げられました。

メック夫人の病は、チャイコフスキーが思っているよりも悪化していたのです。

最後の数年は、自ら手紙を書く筆を取れないほどでした。

また、メック夫人は、事業の失敗、子供の浪費癖に悩まされて資金難に陥っていました。

こうした理由により、チャイコフスキーは彼女から「ふたりの友情もこれでおしまいです」と一方的に文通を打ち切られてしまったのです。

(ただし、実際はそこまで資金難ではなかったという説もあります…なので、前者の「病」によるものが大きいと思われます)

チャイコフスキーの生涯の、ほぼ四分の一の期間におよんだ文通。

14年間もつづいた友情の、実にあっけなく、納得のいかない終わり方に、チャイコフスキーは深く傷つきました。

「フィレンツェの想い出」は、このメック夫人との別れを経験したあとに、一度改定が施されています。

もしかしたら、この悲しい出来事の影響を受けているかもしれません。

曲の特徴

全体の特徴

この曲は、弦楽六重奏曲ではあるが、響きがとても豊かで交響的な印象を受けます。

そのため、弦楽合奏としてもよく演奏されます。

私はオリジナルの弦楽六重奏のほうが好きですが、弦楽合奏もとても素敵です。

(弦楽合奏でも基本的に同じ譜面を用います。コントラバスが居る場合は、2ndチェロの譜面をそのまま流用したりします)

曲全体として、派手さ、美しさ、面白いリズムなどさまざまな要素があり、かつバランスが取れています。

チャイコフスキーの晩年の技術力が出ている曲です。

第1楽章

豪華絢爛な楽章です。

流れるように、絶え間なく動きつづけるハーモニー。

その上に乗って、情熱的な旋律が歌われます。

第2楽章

美しく、どことなく神秘的な景色を思い浮かべる楽章です。

彼の後期バレエ音楽に認められるような、バイオリンの甘美な楽想が特徴的です。

まるで教会のように神聖な響きもあります。

第3楽章

後半の3,4楽章は、ロシア民族音楽の要素が出てきます。

3楽章は、2拍子のスケルツォ風。

とても素朴で、どことなく民謡的でもあります。

第4楽章

舞曲風の最終楽章です。

少し現世離れしたような五度の和音に導かれて、舞曲風の旋律が奏でられます。

この旋律はロンド風に繰り返されて、時には「祭り」の雰囲気にもなります。

筆者
この「最終楽章に民族舞曲の要素を持ってくる」手法は、弦セレ・弦楽四重奏曲第1番でも同様です。
チャイコフスキーの好みなのかもしれませんね!

演奏難易度(バイオリン)

一言でいうと、上級者向けです。

技術もアンサンブルも難しい。

音楽性も深いです。

  • 技術:
    シンプルに音符が多い。
    さらに後半楽章では、跳弓などの器用な動きがあります。
    全パートに一定以上の技術力が求められます。
  • アンサンブル:
    一見1stバイオリンの独壇場に見えますが…
    実は、リズム、テンポ、和音は内声以下が掌握しています。
    だから、1stバイオリンに頼ってはいけない曲です。
    1stバイオリン抜きで弾いても曲にならないといけない、とも言えます。
  • 音楽性:
    この曲を合わせてまずぶち当たるのが、「想像以上にゴチャゴチャして分かりづらい」ことです。
    曲の構成をつかみ取ることが大事になります。

    一例ですが…

↑ たとえば、こちらは1楽章の冒頭。

いきなりクライマックスに見えますよね。

実は、1小節目はアウフタクトとも読めます。

「2小節目から8小節間のフレーズ」と考えると幾分すっきりするし、全員の方向性が一致するでしょう。 

↑ 2楽章の冒頭は、チェロが特徴的です。

主旋律が下降するのに対し、チェロは上昇する。

「旋律は深い方向へ向かうが、重心はむしろふわっとする」のを感じることが大事です。

(意識して弾き方を変えなくていい…でも、このことを感じるだけでアンサンブルが変わるはず)

こういった構成を掴みながら弾けると、一層面白い音楽になると思います!

まとめ

  • 音楽協会の名誉会員に選ばれたことへのお礼
  • 弦楽六重奏だが、交響的な響きがある
  • 派手さ、美しさ、リズムなどのバランスが取れた名曲
  • 演奏面ではかなり上級者向け

弦楽六重奏曲「フィレンツェの想い出」を紹介しました。

晩年のチャイコフスキーの技術が詰め込まれた結晶体の曲です。

演奏側としては上級者向けだが、とてもやりがいがあります。

ぜひこの曲の素晴らしさを味わってください!

スポンサーリンク