ベートーヴェンの《コリオラン》序曲は、
8分という短い時間の中に、驚くほどのドラマが詰まっている傑作です。
この曲、「序曲」ではあるものの、オペラの導入ではなく、
ある劇のために作られた単独作品です。
物語の主人公は、ローマの英雄コリオラヌス。
祖国を追われ、敵軍を率いてローマへ迫るも、最後は母を守り命を落とす――という壮絶な悲劇です。
そのドラマを、ベートーヴェンは10分足らずで描き切ってしまうのです。

この記事では、バイオリン歴35年以上の筆者が、
《コリオラン》の成り立ちから物語、音楽的特徴を解説します。
- 《コリオラン》の成り立ちとベートーヴェンの想い
- 劇のあらすじ
- ドラマチックな曲調の源泉
序曲《コリオラン》とは?|作曲の背景と上演事情

《コリオラン》序曲は、1807年に作曲されました。
交響曲第4番やバイオリン協奏曲などと同じ「傑作の森」の時期に生まれています。
この作品は、劇作家ハインリヒ・フォン・コリンの悲劇『コリオラン』に触発されて書かれたものです。
ただし、“依頼”によるものではありません。
ベートーヴェンがこの悲劇に感動し、自ら進んで曲を付けたのです。
実はこの劇、もともと音楽が一切つけられていませんでした。
ベートーヴェンは、「音楽がないのはもったいない」と感じたのか…
自主的に序曲を書き上げ、コリンに献呈したのです。
そのため《コリオラン》序曲は、厳密には舞台上で使用された“付随音楽”ではありません。
作曲当初から、独立した演奏会用作品として扱われていたようです。
むしろ、当初から単独で演奏されることが前提になっていたようです!
物語のあらすじ|英雄コリオラヌスの悲劇

序曲《コリオラン》の題材となったのは、古代ローマの武将ケイアス・マーシャス——
別名「コリオラヌス」という英雄の運命です。
若きケイアスは、腕白者で親孝行。
幼くして父を亡くし、母ウェトリアの手で育てられました。
彼は多くの軍功を挙げ、敵地コリオーライを攻め落とした武勇により
「英雄コリオラヌス」と呼ばれるようになります。
英雄として名声を高めながらも、母への愛だけは忘れませんでした。
しかし彼は、議会の政治的陰謀に巻き込まれます。
民衆の支持も虚しく、裏切り者として故郷ローマから追放されてしまいます。


祖国への憎悪を抱いたコリオラヌスは、かつて敵だったヴォルスキ人の軍に身を寄せます。
やがて、ヴォルスキの将軍として今度はローマへ進軍。
自らの手でローマを包囲するという、復讐を遂げるのです。
コリオラヌスの母ウェトリアと家族たちは、民衆を引き連れ、コリオラヌスの陣地へ向かいます。
彼に兵を退いてもらうよう、必死に説得を試みます。
頑ななコリオラヌスは、はじめ人々が訴えるのにも動じませんでした。
しかしその中に母ウェトリアの姿があるのを認めると、最愛の母を抱きしめようと駆け寄ります。
しかし母は怒っていました。
「私は敵の元に来たのか、それとも息子の元に来たのか。」
切々と道理を説く母と、妻や息子、市民たちが哀願する姿に、遂にコリオラヌスは折れます。
家族としっかり抱擁した後、復讐を止めたのです。
しかしその選択は、今度はヴォルスキ側への裏切りと見なされ…
戻ったコリオラヌスは、誅殺されました。

これがコリオランの物語です。
曲の特徴を紹介!
突き刺さるような鋭い序奏と主部

↑古い音源なので聴きづらいかもしれません!(以下同様)
冒頭、全員による鋭いC音と短和音が突き刺さるように鳴り響きます。
続く主部はアレグロ・コン・ブリオ、調性はハ短調。
切れ目のない推進力によって、復讐に燃える主人公の激しい心情が立ち上がってくるかのようです。
これは後の《運命》と同じ調性で、ベートーヴェン特有のシリアス感が表れています。
対照的な2つの主題


第一主題は、剣を振りかざして突進するようなエネルギー。
まさに祖国を包囲するコリオラヌスそのものです。
一方で第二主題は、穏やかで流れるような旋律。
一般には母や妻の慈愛、和解の心を象徴するとされています。
このような明暗のコントラストが、物語の核心――
「怒りと愛」「忠誠と裏切り」を音楽で見事に描き出しているのです。
終結部の静けさに込められた意味


再現部でも緊張感は持続したまま突き進みます。
しかしクライマックスの後、音楽はふっと力を失っていきます。
やがて第一主題が回想のように現れ、最後はC音のピチカートが3回、静かに鳴って消えるという印象的な終わり方。
これは、コリオラヌスが軍を退き、処刑される運命を暗示しているとも言われています。
全体を通じて総休止が効果的に使われており、音の「沈黙」までもが劇的な効果を持っています。
この沈黙こそが、音楽全体に緊張感を際立たせているのです。
まとめ|短くも壮大なドラマの名曲
- 友人コリンの劇に感動して、自主的に音楽を作った
- ローマの悲劇の英雄の物語
- 緊張感が光る8分間の名ドラマ!
序曲《コリオラン》は、わずか8分ほどの中に、
英雄の栄光と悲劇、そして母への愛という壮大なドラマを凝縮した名作です。
次の年には《運命》が控えており、《コリオラン》にもその萌芽が見てとれます。
もしかすると、彼の中で“劇的な音楽”への構想が高まっていたのかもしれません。

短いながら、オペラ1本分に匹敵するほどの密度と感情の深さを持ったこの序曲。
ぜひ、物語と音楽のつながりを感じながら味わってください!
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