- ドヴォルザークのあの素敵なメロディーはどこから生まれてきたものだろう?
- 弾くにあたって時代背景を知っておきたい!
ドヴォルザークの交響曲第8番。通称「ドヴォ8」「ドボ8」とも呼ばれています。
牧歌的でどことなく懐かしいメロディー。しかし同時に、端正でととのった作りになっています。
この曲は、西洋音楽の構造と、いわば民族音楽の郷愁とを、うまく溶け込み合わせた曲なのです。
この記事では、バイオリン歴35年以上・ビオラ歴ありの筆者が、ドヴォルザーク/交響曲第8番について紹介します。
第8番の曲調は、どういう所から来ているのか。
ドヴォルザークはなぜ、このような民族音楽風のフレーズを書けたのか。
バックストーリーを簡単に解説し、この曲の聴きどころや演奏面について紹介していきます。
簡単な概要まとめ
- とても社交的で親しみやすい作曲家
- 交響曲に民族的音楽を融合させた人物
- ボヘミアの景勝地にて作曲源泉のエネルギーを得た
- 演奏していても楽しい曲
ドヴォルザークの人物像
故郷の音楽・器楽教育に触れあって育った
ドヴォルザークは、チェコ出身の作曲家です。
彼はもともと肉屋兼業の旅館の跡継ぎとして育てられました。
ただし、音楽への関心はとても高く、小学校のころからバイオリンを習っており、非常に卓越した技術を持っていました。
のちにバイオリンの才能が認められ、肉屋旅館の跡継ぎではなく音楽家として歩み始めることになります。
なぜ彼が肉屋・旅館の息子だったのにバイオリンを習っていたのか?
それは、当時のチェコでは、農村での音楽活動が非常に盛んだったからです。
(昔、ドイツ系貴族が音楽好きのチェコ人の農奴に向けて、農村での器楽訓練を励行していた名残りだといわれています。)
したがって、ドヴォルザークはメンデルスゾーンのような英才教育を受けた訳ではありませんが、幼少期から故郷の音楽と密接に関わりがあったのです。
社交的で親しみやすい性格
ドヴォルザークは、とても社交的な性格だったと言われています。
これは、肉屋・旅館の息子として、常に他の村々との交渉を見て育ったからとされています。
また、愛妻家としても有名です。
彼は愛妻アンナとともに6人の子宝に恵まれ、円満な家庭を築き上げました。
彼の温かく親しみやすいメロディーには、こうした穏やかな性格、その裏に隠された沢山の苦労が礎となっているのでしょう。
ほかにも、鉄道好きなことが挙げられます。
作曲で悩んでいるときは、葉巻を1本くわえ、火をつけて汽車を見に出かけていたそうです。
汽車のことなら、型でも時刻表でも実によく知っていて、汽車を眺めて帰ってくる頃には口笛を吹いていたと言われています。
素敵な趣味ですね。
このためか、彼の音楽には、鉄道の走る音をモチーフにしたような音型がたくさんあります。
ドヴォルザークの音楽のルーツ
ボヘミア音楽とは?
ドヴォルザークの音楽は、よく「ボヘミア風の」「ボヘミア調のフレーズが~」などと言われますよね。
「ボヘミア風」とはいったい何なのでしょうか?
ボヘミアは、チェコの西部にあたる古くから文化の栄えた地域です。
ちなみに東部はモラヴィアといいます。西部のボヘミア、東部のモラヴィアですね。
昔、このボヘミアは、スラブ系の部族を中心に、遊牧民、ゲルマン民族など多様な人種が交わり、スラブ系をはじめとした民族音楽も盛んでした。
一方で、ボヘミアはドイツやオーストリアといった西欧国家に隣接し、西欧音楽との関わり合いも強かったのです。
西欧とボヘミアではたびたび、吟遊詩人を通じて西欧の音楽がボヘミアに、そしてボヘミアの音楽が西欧に持ち帰られることで交流が進みました。
こうして、ボヘミアでは、スラブ的な情熱に西欧的な語法を取り入れたような、特徴的な音楽が出来ていったのです。
ドヴォルザークは、古典派の作曲技法とボヘミア音楽を融合させた人物
それまでの時代、交響曲にとって重視されたものは論理性でした。
ハイドンやモーツァルトを規範とする構築性が求められ、民族的情感というものは基本的に必要としていなかったのです。
しかし、ドヴォルザークの時代では、ロマン主義の潮流によって価値観が変わりました。
ロマン主義は、それまでの古典主義への反発として、個人の主観をより重視する文化・思想です。
たとえば恋愛。自然への賛美。過去への憧憬。そして民族性といった、感情的な表現が特徴的です。
こうした流れのなか、ドヴォルザークは、はじめはハイドン・ベートーヴェンの古典的な構築性に惹かれて交響曲の作曲を志していました。
しかし途中から、ロマン主義の流れを汲み、交響曲のなかに民族性を織り交ぜる試みを行っているのです。
彼は交響曲第6番で「フリアント」という農民の踊りを使用しました。それだけでなく、弦楽四重奏曲、歌曲、交響詩などさまざまなジャンルで彼のルーツであるボヘミア音楽を取り入れていきました。
このような時代の潮流に巻き込まれた結果、ドヴォルザークの音楽は、古典派をベースとした綺麗な構築でありながら、ボヘミア風の民族的要素も感じられる味わい深いものになっているのです。
交響曲第8番の簡単な背景
交響曲第8番の作曲背景を簡単に説明します。
交響曲第8番は1889年に作られました。
ドヴォルザークが48歳のときです。
この頃の彼はようやく金銭的にゆとりができ、ボヘミアのヴィソカーという景勝地に別荘を購入しました。
ヴィソカーは、小高い丘に緑豊かな美しい景色が広がる地域です。
ヴィソカーの別荘は、彼のお気に入りの住居となり、晩年の創作エネルギーの源泉となったと言われています。
作曲家が大自然の情景から新たな刺激を受け、それが明朗な作品として実を結ぶ例はいくつかあります。
たとえば、ブラームスの交響曲第2番や、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」です。
一方、交響曲第8番が明確にこのヴィソカーという景色から着想されたかどうかはわかりません。
ですが、直近で国際的にも名が知られ、経済的にも安定した生活を送れるようになったことから考えると、
ヴィソカーの情景のように、少なくとも成熟した穏やかな心情のなかで作曲されたに違いないでしょう。
ちなみに、この曲には「イギリス」という副題がつくことがありますが・・・ぶっちゃけ「イギリス」という副題とこの曲の内容には全く関連性はありません。
ただし、彼はこの数年で都合8~9回もイギリスに訪れています。副題うんぬんはおいといて、イギリスの情景や雰囲気が彼の根底に影響を与えてはいるかもしれません。
曲の特徴
ここまでだいぶ長くなってしまいました。
なにせ晩年の作品なので書きたいことが多すぎるのです(汗)
この曲全体の魅力を端的に3つあげます。
- 主題の息がとても長い
- それまでの交響曲は、短い主題をベースに強固な構築をすることが多かったです。
たとえばベートーヴェンの「運命」の主題など。 - ロマン派以降、主題がひとつの歌を為すようなものが多くなりました。
この交響曲第8番の主題も息が長いです。たとえば1楽章で初めて出てくるフルートの主題など。
朗々と歌うさまは聴きどころです。
- それまでの交響曲は、短い主題をベースに強固な構築をすることが多かったです。
- 同音反復
- 同じ音をなんども連続して聴かせるのですが、この歌いまわしがとにかく絶妙。
- たとえば冒頭のチェロ・木管。1小節目はレしかない。7~8小節目はシしかない(笑)
なのにとても郷愁的な音楽になっています。
- 一見常識的に見えて、全然常識的じゃない試みが多い
- 1楽章はト長調だが、始まりがいきなりト短調。
- 3楽章は間奏曲風だが、スケルツォではなく、なんとワルツ風。
- 4楽章は一応ソナタ形式なのに、変奏曲風でもある。
このような独創性により、何度聴いても飽きないような作りになっています。
第1楽章
Allegro con brio
~快速に、生き生きと~
con brioと書かれていますが、始まりはト短調の、憂いを帯びた旋律で始まります。
ですが、しだいにト長調に転調。フルートの歌心ある主題をきっかけに、曲は輝かしさを増していきます。
cresc.とともに、明るく希望に満ちたソナタ形式の幕開けです。
第2楽章
Adagio
~ゆるやかに~
落ち着いた田舎を思わせるような、やわらかい旋律です。
小鳥の鳴き声のような要素があったり、コンマスソロが吟遊詩人風に奏したりと、全体的に穏やかで心洗われる曲調です。
第3楽章
Allegretto grazioso – Molto Vivace
~ほどよく速く優美に - きわめて快活に~
間奏曲風ですが、よくあるスケルツォではなくワルツ風です。
この楽章がいちばん郷愁感を感じるかもしれません。
スラブ舞曲風で、優雅ながらどことなく哀しさも感じられる音楽です。
第4楽章
Allegro ma non troppo
~快速に、ただし甚だしくなく~
一応ソナタ形式らしいのですが、もはや変奏曲風。
この主題が形を変えてさまざまに演奏されます。
民族風なシーンも見せつつ、全体として統一感があるのが素晴らしいですね。
演奏難易度(バイオリン)
※1stバイオリン、2ndバイオリンを基準としています。
なお、アマチュアの人が休日や部活動で弾くことを想定しています。
技術難度は1st,2ndともに標準的です。
1stは音が高くて大変なところが数か所ありますが・・・まあ練習すればなんとかなる範囲かと(;^_^)
一方、アンサンブルなどの総合的な面では、そんなに難しくありません。
理由は、各パートの動きがわりと明瞭、縦が分かりやすい、調性的に楽器を鳴らしやすい、などが挙げられます。
なにより弾いていて楽しいですね!
1stは素敵なメロディーが盛りだくさん。
もう3楽章のワルツを弾けるというだけで1stを選びたくなります(笑)
そして、2ndにもさまざまな役割が与えられています。
言ってしまえば「おいしい」箇所が多いです。
ハーモニーの担当もあるのですが、それよりも特定のリズム(けっこう重要)を担当したり、接続部分の歌いまわしを担当したりします。
2ndがこれほどマルチに動くのはドヴォルザークくらいではないでしょうか。
どちらのパートを弾いても、「ああ、この曲いいなあ・・・」と思えること間違いなしです!
まとめ
- とても社交的で親しみやすい作曲家
- 交響曲に民族的音楽を融合させた人物
- ボヘミアの景勝地にて作曲源泉のエネルギーを得た
- 演奏していても楽しい曲
ドヴォルザークは、交響曲とボヘミア音楽をうまく調和させた素晴らしい作曲家。
交響曲第8番はその集大成ともいえる作品です。
筆者も、機会があればぜひもう一度弾きたい曲です。
第8番を含め、ドヴォルザークの作品はどれも聴きごたえ・弾きごたえ十分の曲です。ぜひ色々な曲にチャレンジしてみてください!