- 「新世界より」には、ドヴォルザークのどんな気持ちが詰まっているのだろう?
- 弾くにあたって時代背景を知っておきたい!
ドヴォルザークの「新世界より」。ひじょうに有名な曲ですよね。
「新世界より」という副題は、彼が晩年に滞在したアメリカのことを指します。
この曲は、ドヴォルザークの異国の地でのさまざまな思いや体験が詰まった曲なのです。
この記事では、バイオリン歴35年以上・ビオラ歴ありの筆者が、ドヴォルザーク/交響曲第9番「新世界より」について紹介します。
第9番の曲調は、どういう所から来ているのか。
バックストーリーを簡単に解説し、この曲の聴きどころや演奏面について紹介していきます。
簡単な概要まとめ
- ドヴォルザークは社交的で親しみやすい人柄だった
- 渡米先での忙しい日々、さまざまな人種との交流
- 特にアメリカ民族音楽の影響を受けた
- 難度はやや高いが、やりがいのある曲
ドヴォルザークの人物像
故郷での音楽教育の影響
ドヴォルザークは、チェコの北ボヘミアにある農村出身です。
当時のチェコは農村での音楽教育がとても盛んでした。
ドヴォルザークも少年時代からバイオリンを弾き、異才の技術を持っていました。
(昔、ドイツ系貴族が音楽好きのチェコ人の農奴に向けて、農村での器楽訓練を励行していた名残りだといわれています。)
ドヴォルザークの旋律にボヘミアの民族性を感じるのは、この故郷で受けた音楽教育が源泉だと言われています。
なお、彼はもともと音楽家ではなく、肉屋(兼旅館)の息子として跡を継ぐつもりでした。
しかし、彼はバイオリンの技術が認められたため、肉屋の跡継ぎではなく音楽家として生計を立てていきます。
社交的で親しみやすい性格
青年期以降のドヴォルザークは、社交的な性格だったと言われています。
これは、肉屋・旅館の息子として、常に他の村々との交渉を見て育ったからとされています。
また、愛妻家としても有名です。
彼は中年期以降、愛妻アンナとともに6人の子宝に恵まれ、円満な家庭を築き上げました。
彼の温かく親しみやすいメロディーには、こうした穏やかな性格、その裏に隠された沢山の苦労が礎となっているのでしょう。
ほかにも、鉄道好きなことが挙げられます。
作曲で悩んでいるときは、葉巻を1本くわえ、火をつけて汽車を見に出かけていました。
汽車のことなら、型でも時刻表でも実によく知っていて、汽車を眺めて帰ってくる頃には口笛を吹いていたそうです。
素敵な趣味ですね。
このためか、彼の音楽には、鉄道の走る音をモチーフにしたような音型がたくさんあります。
交響曲第9番のできごと
ニューヨークの音楽院の校長としての忙しい日々
ドヴォルザークが交響曲第9番を作曲したのは51歳です。彼の晩年作ですね。
1893年の年明けから春にかけて作られました。
彼はすでに「交響曲第8番」「スターバト・マーテル」など数々の名曲を生み、世界に名の知れた作曲家になっていました。
その後、ニューヨークにあるナショナル音楽院の校長職として、アメリカから招待を受けたのです。
現地での生活はとても忙しく、何より彼は大都会の雰囲気に圧倒されたようです。
アメリカ民族音楽の影響
ナショナル音楽院での生活は、ドヴォルザークにとって良い意味で大きな刺激となりました。
理由は、人種差別のない音楽院に勤務できたからです。
ドヴォルザークは、黒人やアメリカインディアンたちと不自然な感情なしに接触することができました。
特に、黒人霊歌のメロディーや、インディアンの民族音楽に興味があったそうです。
実際に、彼のアメリカ滞在中の曲には、黒人霊歌やインディアン音楽をベースとした旋律が多く出てくるのです。
「…少なくともドヴォルザークがインディアンにたいへん興味を抱いていたことはお伝えできると思います」
西洋音楽、アメリカ民族音楽、ボヘミア音楽の融合
ドヴォルザークはたしかにアメリカ民族音楽の影響を受けましたが、旋律をそのまま引用したわけではありません。
元来、ドヴォルザークの作風は、ハイドン・モーツァルトをベースとした堅実なものです。
そこに、彼の故郷であるボヘミア音楽を融合させ、独特な郷愁感を出しているのです。
ドヴォルザークは、この作曲技法を崩すことなく、アメリカ民族音楽をさらに取り入れました。
ドヴォルザークは、西洋音楽を基礎として、彼のルーツであるボヘミア音楽、そしてアメリカでの民族音楽を融合させた唯一無二の作品を作っているのです。
その代表作である交響曲第9番は、曲としてひじょうに分かりやすく、また独特の異国感、そして郷愁感をも両立させているのです。
※彼の作曲技法のルーツは交響曲第8番の記事に書いてあります。
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曲の特徴
ここまでだいぶ長くなってしまいました。
なにせ晩年の作品なので書きたいことが多すぎるのです(汗)
この曲は、以前までの交響曲と比べると、激しく、スケールが大きいです。
大都会ニューヨークのたくましいエネルギーと、巨大文明の圧力といった体験に揉まれているかのようです。
また、前述したように、アメリカの民族音楽的要素や、ドヴォルザークのルーツであるボヘミア音楽的要素も感じられます。
第1楽章
Adagio – Allegro molto
~ゆるやかに - とても快速に~
低弦の思いに沈むような旋律で静かに始まりますが、すぐに荒々しい咆哮でアレグロが始まります。
特徴的なのが、いくつかのフレーズで7度が半音低く出てくることです。
たとえば次の主題。
西洋音楽の慣習だと、この音は導音のため通常Fis(ファ#)で書かれます。
一方、黒人霊歌をはじめ、いくつかの民族音楽や宗教音楽では、この手法を用いるようです。
すこし哀愁を帯びている雰囲気になりますね。
第2楽章
Largo
~幅広く、ゆるやかに~
短い序奏ののちに、イングリッシュホルン(コールアングレ)が郷愁をこめた旋律で歌います。
とても有名な旋律です。
「ハイアワサの歌」という、インディアンの英雄を謳った英雄譚から感受されて作った旋律です。
※日本では「家路」という歌で親しまれていますが、ドヴォルザークが付けた題名ではありませんのでご注意ください。
第3楽章
Scherzo ~ Molto Vivace ~
~とても生き生きとした、スケルツォ~
この楽章も、「ハイアワサの歌」の祭典でインディアンたちが踊っている場面から着想されたと言われます。
ひじょうに民族的な楽章です。
第4楽章
Allegro con fuoco
~快速に、火のように~
力強い主題で有名な最終楽章です。
この主題も、実は7度を半音下げています。
また、4楽章では、1~3楽章の主題が回想されます。たとえば以下のところ。
2~4楽章の主題をかけ合わせ、しかも自然に聴こえさせています。
すごいですよね!
終楽章で全曲の主な楽想を登場させることで、全体のまとまりを付けているのです。
演奏難易度(バイオリン)
※1stバイオリン、2ndバイオリンを基準としています。
なお、アマチュアの人が休日や部活動で弾くことを想定しています。
技術難度はやや難しめです。
理由は次のとおり。
- 音の跳躍がはげしい
- 高音のメロディーが多い
- 臨時記号が多い(おそらく民族的旋律が多いことに起因)
- 3楽章ではオーケストラ慣れしていないとタイミングを取りづらい
特に4つ目は、初めてオーケストラで弾く人にとって鬼門です。
周りの音に拍感を惑わされてしまうんですよね。
対策として、イヤホンなどで曲を流しながら自主練するのがおすすめです。
慣れればこうしたリズムも苦じゃなくなるのでがんばりましょう。
そして、この曲は難易度以上に弾いていて楽しいです。
1stは素敵なメロディーが盛りだくさん。
2ndにもさまざまな役割が与えられています。
言ってしまえば「おいしい」箇所が多いです。
ハーモニーの担当もあるのですが、それよりも特定のリズム(けっこう重要)を担当したり、接続部分の歌いまわしを担当したりします。
2ndがこれほどマルチに動くのはドヴォルザークくらいではないでしょうか。
どちらのパートを弾いても、「ああ、この曲いいなあ・・・」と思えること間違いなしです!
まとめ
- とても社交的で親しみやすい人物
- 渡米先での忙しい日々、さまざまな人種との交流
- 特にアメリカ民族音楽の感受を受けている
- 難度はやや高いが、やりがいのある曲
ドヴォルザークの作品のなかでも、「新世界より」をはじめとするアメリカ時代の曲は、スケールが大きく特徴的なものが多いです。
ぜひ楽しんで聴いて、演奏してみてください!
余談
ドヴォルザークにとって、ニューヨークでの日々はたしかに刺激的でした。
しかし、やはり落ち着かないものだったらしく・・・
この曲の作曲後、スピルヴィルというアメリカの風光明媚な地に身を移し、しばらく滞在しています。
彼にとっては、ふるさとのような自然豊かな場所のほうが性に合っていたのかもしれませんね(;^_^A