モーツァルトの弦楽四重奏曲第17番《狩》。
その明るく親しみやすい響きは、今も多くの人に愛されています。
けれどこの曲、ただ楽しいだけではありません。
背景には、モーツァルトが師と仰ぐハイドンへの敬意。
そして、古典様式のなかで新しさを模索した努力も感じられます。
冒頭のフレーズは「狩りの角笛」を思わせる力強さ。
聴くだけでも十分楽しめますが、譜面をのぞいてみると…?
本記事では、バイオリン歴35年以上の筆者が、
《狩》の特徴から聴きどころ、演奏者としての奥深さまでご紹介します。
- モーツァルトが《狩》に込めた思いと作曲の背景
- 各楽章の聴きどころ
- 演奏者から見た“モーツァルト”の奥深さ
作曲背景|ハイドンへの敬意が込められた曲


パパ・ハイドンとの出会い
この《狩》は、モーツァルトが“特別な想い”をもって書いた作品です。
その想いの相手は、偉大な先輩作曲家ハイドンでした。
1784年、ウィーンに移り住んでいたモーツァルトは、ついにハイドン本人と出会います。
そして彼の弦楽四重奏や交響曲に大きな刺激を受け、自らも真剣に四重奏というジャンルに取り組みはじめました。

その成果が、「ハイドンセット」と呼ばれる6曲の四重奏曲です。
《狩》はセットの4番目にあたり、モーツァルト28歳のときに書かれました。
実際、このハイドンセットは、
まるでハイドンのように4つの声部が活き活きと書かれているのです。
完成までに時間がかかった曲?

モーツァルトはふだん速筆でしたが、このハイドンセットにはかなり時間をかけています。
完成までにおよそ3年近くを要し、珍しく多くの推敲の跡が残されています。
それだけ、この作品群に真剣かつ慎重に向き合っていたことがわかります。
この曲は意外と時間かけてるんです!
モーツァルト自身が書いた「長く辛い労苦の結実」という献辞からも、
この曲集に注いだ情熱と誇りが感じられます。
《狩》は、父レオポルトとハイドンを招いた演奏会で、ほかの数曲とともに披露されました。
ハイドンは大きな感銘を受け、その後のお互いの作風にも影響を与えたと言われています。
モーツァルトの人物像|天才だけど、実は地に足ついた人

モーツァルトといえば「天才」「奇想天外」なイメージが強いですが、
実際はもっと身近で、地に足のついた人物でした。
ザルツブルク出身。幼いころから父に導かれ、各地の宮廷で演奏を重ねます。
青年期にはレッスンや演奏会で生計を立てながら、現実的に生きていました。
彼の奇想天外さを示す例として、手紙での言葉遣いがよく挙げられますが…
これも、生まれ故郷で使われたユーモアだったとも言われています。
特にこの時期の作風は、突飛というより、むしろ緻密で構成的。
「奇才」だけでは語れない、努力家で社交的な一面もあったモーツァルト。
ハイドンセットにも、そんな人間らしさがにじんでいます。
- 《狩》は、ハイドンへの敬意がきっかけで生まれた作品
- モーツァルトは、じっくり時間をかけてこの曲を書いた
- 「天才」だけじゃない。努力家で現実的な一面もあった
各楽章の詳細
第1楽章|冒頭から一気に駆け出す

※古い音源なので聴きづらいかもしれません!(以下同様)
8分の6拍子で、勢いよく駆け出す冒頭が印象的。
「狩りの角笛」に似たモチーフが使われており、曲名の由来にもなっています。
モーツァルト自身が名づけたわけではありませんが、
その晴れやかさは“狩り”を思わせるのにぴったりです。
第2楽章|上品なメヌエットと素朴なトリオ


(メヌエット)
(トリオ)
優雅なメヌエットに対して、トリオはどこか素朴で親しみやすい雰囲気。
表情の違いが際立つことで、音楽に奥行きが生まれています。
団体ごとにテンポやニュアンスが異なり、演奏に個性が出る楽章です。

団体によってさまざまな姿を見せます!
第3楽章|長調なのに、どこか切ない


明るい調性なのに、どこか哀しさのにじむ緩徐楽章。
「偽終止」という、やわらかく終わる技法が多く使われています。
聴き手の予想をやさしく裏切るような終わり方が、独特の味わいを生んでいます。
「見慣れた風景だけど、どこか違う…?」という印象を持たせます。
第4楽章|跳ねて、転んで、遊びまわる

終楽章は、まるで子どもが駆け回るような楽しさ。
スラーが多く滑らかなフレーズもあれば、
スタッカートで跳ねる音型もあり、とにかく表情豊かです。

バイオリン弾きから見たポイント|“発音”をどう作る?
※アマチュアの方が弾くことを想定しています。
この《狩》は、明るくて楽しい曲…に聴こえますが、実は意外と難曲です。
まず基礎テンポがそこそこ速め。
その中で演奏者は、「音の引出し」をどう表現するかが最大のカギになります。
なかでも大切なのが「発音」。
といっても「パーン!」と強く鳴らすだけではなく、
柔らかい音、にじむような音、よく飛ぶ発音など、音の性格を細かく使い分ける必要があります。
そして見落とされがちなのが、スラーの書き方。
モーツァルトの時代、スラーは“ひとまとまりの呼吸”として機能していました。
スラーを無視せず、その後にきちんと間を置いて「ひと区切り」を作ることが大切です。
こうした工夫を積み重ねて、ようやく“モーツァルトらしさ”が生まれてくる。
ただ楽しく流すだけでは、やっぱり物足りない…そんな奥深さがあります。
まとめ
- 《狩》はハイドンへの敬意から生まれた1曲
- 天才だけど、実は地に足ついた人だった
- 軽快だが、実は発音やスラーの工夫など奥深い曲!
《狩》は、モーツァルトの親しみやすさと奥深さが見事に合わさった一曲です。
明るく楽しげな表情の裏に、緻密な構成や演奏の工夫がしっかりと息づいています。
モーツァルトの人間味がにじむハイドン・セット。
その中でもこの曲は、初めて聴く方にもおすすめできる魅力にあふれています。

ぜひ、音源を聴きながらスコアを眺めてみたり、
演奏者の表情や音の質感にも注目してみてください。
きっと、新たな発見があるはずです。
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