死の影を感じながらも、創作への意欲は衰えなかった――
そんな時期に生まれたのが、シューベルトの弦楽四重奏曲第14番《死と乙女》。
弦楽四重奏という四人の対話の中で、
深い感情と緊張がぶつかり合う劇的な傑作です。
自身の歌曲《死と乙女》の旋律を引用し、
生と死の境界を彷徨うような音楽が描かれています。
本記事では、作曲の背景から曲全体の構成、
各楽章の聴きどころ、演奏者の視点までを詳しく解説。
「なぜこれほど多くの演奏家や聴き手を惹きつけるのか?」
その答えを、歴史と音楽の両面からひもといていきます。
- 《死と乙女》が作曲された背景
- 各楽章の構成と、リート由来のモチーフの使われ方
- 演奏者としての難易度と魅力
作曲背景|病と孤独のなかで書かれた《死と乙女》

《死と乙女》は、1824年に作曲されました。
このときシューベルトは27歳。若くして梅毒を患い、絶望の中にありました。
1822年に病を発症して以来、彼は死の間際まで闘病を続けます。
この時期は一時的に回復していたものの、
健康が戻る見込みは薄く、心は沈み込んでいました。

加えて、親しい友人たちは次々とウィーンを離れ、
一人取り残された孤独感も彼を覆っていきます。
僕はこの世で最も不幸で哀れな人間だと感じている。
考えてみてほしい、回復する見込みがほとんどない人間のことを。
(中略)弦楽四重奏曲を2曲、八重奏曲を1曲作曲した。
さらに1曲、四重奏曲を書くつもりだ。
こうして大きな交響曲の道を開いていこうと思っている。
この手紙にある2つの四重奏曲が、《ロザムンデ》と《死と乙女》。
前者は抒情的な美しさ、後者は緊密で劇的な表現を特徴とし、
どちらもシューベルトの内面と創作意図が刻まれた重要な作品です。
曲全体の特徴|生と死がせめぎ合う、交響的な弦楽四重奏曲

本曲は、弦楽四重奏の枠を超えた、交響曲のようなスケールと構成を持つ作品です。
全4楽章すべてが短調で書かれ、張り詰めた緊張感と悲劇性が全体を覆っています。
これはクラシック作品の中でも、極めて珍しい構成です。
この曲の一部は、彼自身が書いたリート(歌曲)―《死と乙女》を土台としています。
歌曲では、死を拒む少女に対し、死神が「私はおまえに安息を与えに来たのだ」と語りかけます。
恐怖ではなく、やさしく包み込むような“永遠の眠り”としての死。
こうした死生観が、この四重奏曲全体に濃く反映されています。


※古い音源なので聴きづらいかもしれません!
↑はリートの冒頭です。
弦楽四重奏曲の第2楽章には、このリートのピアノ前奏がそのまま主題として現れ、
さらに第1楽章の冒頭動機も、伴奏型の変形と考えられています。
単なる引用ではなく、このリートが全体の核をなす存在となっているのです。
生と死の境界を彷徨うような世界観と、
ベートーヴェンを思わせる動機展開の緻密さが交錯し、
器楽でありながら、まるで詩を語るような音楽が立ち上がってきます。
- この曲が書かれた頃、シューベルトは病に苦しみ、孤独の中にあった
- 交響曲を思わせるほど、構成も表現もスケールが大きい
- 自作のリート《死と乙女》が一部の旋律や構成の核になっている
各楽章の内容
第1楽章|緊迫の幕開けと“死”の影

※古い音源なので聴きづらいかもしれません!(以下同様)
冒頭から鳴り響く激しい動機は、
リート《死と乙女》の伴奏に現れる運命的なリズムの変形です。
激しい主題のぶつかり合いと、動機の徹底的な展開が続き、
まさにベートーヴェンを思わせるような構築力を感じさせます。

第2楽章|リートが語る静かな対話

リート《死と乙女》のピアノ前奏がそのまま現れる楽章です。
静かな4拍子のダクチュルス(長短短)リズムが全体を支配し、
「死のささやき」のような主題が、
内声の彩りやチェロの旋律を伴って、変奏として展開されます。
西洋古典詩の詩の形として用いられてきました。
第3楽章|荒々しさと歌心の交錯


荒々しく力強いスケルツォで、音の重さと迫力が際立ちます。
死に抗うような激しさと、リズムの鋭さが印象的です。
一方で中間部のトリオは、抒情的でシューベルトらしい歌心がにじみます。
第4楽章|死の舞踏と悲劇の結末

死の舞踏を思わせるようなタランテラ風のリズムが特徴。
主題はG・C・F音を中心にした3音動機で構成され、強いエネルギーに満ちています。
一瞬、D-dur(二長調)に転じて希望を感じさせる場面もありますが、
最後は再びd-moll(ニ短調)に沈み、悲劇的に閉じられます。
この作品全体を貫く悲劇的な性格を示すようです…!
演奏者として|弾く側にとっても“極限の作品”

※アマチュアの方が弾くことを想定しています。
《死と乙女》は、聴くだけでなく、弾く側にとっても特別な作品です。
演奏時間は40分を超え、1曲を通して緊張感が途切れません。
まるで交響曲1本を全力で演奏するような感覚になります。

第1楽章では、正確さと激しさの両立が求められます。
たった1音の入り方ひとつで、曲全体の空気が変わってしまうほど。
鋭さと力強さ、そして崩れない冷静さが必要になります。
第2楽章では、一転して「静かに語る力」が問われます。
ただ旋律を弾くだけでなく、呼吸や間の取り方も含めて音楽をつくる必要があります。
第3・4楽章では、リズム感や瞬発力が必要で、
まさに体力・集中力・表現力すべてを試される構成です。
バイオリンを弾いたことがなくても、
この曲に込められた“表現の奥行き”を想像することで、
聴き方がきっと深まるはずです。
まとめ
- 《死と乙女》は、自作リートをもとに書かれた劇的な四重奏曲
- 病と孤独の中で書かれた、交響的な構成と深い感情表現
- 演奏面でも高い完成度と緊張感が求められる“挑戦的な名曲”
シューベルトの《死と乙女》は、ただの室内楽作品ではありません。
自身の歌曲を主題に、死を静かに、しかし強く見つめた作品です。
四重奏という編成でありながら、交響曲にも匹敵する構成力と情感を持ち、
聴く者にも、演奏する者にも強い印象を残します。
その根底にあるのは、「死」を恐ろしい終わりではなく、
“安らぎ”や“静けさ”として描こうとするシューベルトのまなざし。
それこそが、この作品を時代を超えて愛される理由なのかもしれません。
名曲と言われているのかもしれません!
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